第17話橋間わかばルート前編
大学一年生の菅谷奏介は学校近くの通りを走っていた。七月の中旬、お昼を過ぎて間もないとは言え、夕立と言っても差し支えないだろう。
「っ……駅まではキツいか」
奏介は適当に目に入ったカフェへの軒下へと駆け込んだ。
「はぁ」
服についた水滴を手で払う。
空を見上げるが、止む気配はない。
午後の講義はないので後は帰るだけだ。時間はある。諦めて、カフェへ入ることにした。雨宿りだ。
「いらっしゃいませー。お好きな席へどうぞ」
聞こえてきた声に従い、奥のカウンター席へ腰をかける。他に客は三人ほど。グループのようでソファ席に座っている。全員男でカメラを構えているのが気になる。
「ご来店ありがとうございます。お決まりになりましたら……」
水を運んできた店員と目が合う。
「……橋間?」
「なっ」
高校の同級生、橋間わかばだったのだ。顔を引きつらせ動きを止める。
バイト中なのだろう。それはそれとしてゴスロリを思わせる服装に白いひらひらのエプロンをつけていた。
「いつから、コスプレが趣味に」
「んなわけないでしょっ、この店の制服なのよ」
顔が真っ赤である。
「コスプレ喫茶?」
「普通の喫茶店よ。ただ、店長の趣味でやたら可愛い制服で」
もごもごと言い訳をする。
「てか、友達に頼まれただけだから」
「へぇ」
「ちょっと、じろじろ見ないでよ」
何故かスカートを押さえる。どこを見られていると思ったのだろう。
「見てないだろ。それよりアイスコーヒー、一つ」
「……お待ちください」
わかばは不満そうに奥へ入って言った。
と、男性三人組の元へわかばとは別の店員が歩み寄った。本当に店の制服らしい。彼女も同じ格好だ。
「お待たせしました」
ポニーテールの店員が三人の元に飲み物を運ぶ。すると、
「乃木ちゃん、こっち向いてー」
「かーわいぃっ」
「良いねぇ、その表情」
やはり、コスプレ喫茶(撮影可)なのではないだろうか。彼らの容姿も眼鏡にボサボサ頭で、オタクっぽい。
「あ、あはは。いつもありがとうございます……」
目に見えて困っているようだ。
「はい、お待たせ」
アイスコーヒーが目の前に置かれる。わかばだった。
「あいつら、乃木さん目当てで毎日来てるのよね」
「この店って写真良いのか?」
「店員を撮るのはダメに決まってるでしょ。そういうお店じゃないんだから。注意してもダメなのよね。口出しすると、暴言吐いてくるし」
「暴言?」
「店長にさえ、店潰すぞって脅すくらいだし」
「それはヤバイな」
「気にしてるわけじゃないけど
あたしなんて制服似合ってないから不快だ、やめろーって」
「え、面と向かって?」
わかばはため息をついて、頷いた。
「そんなのわかってるけど、そこまで言うことなくない?」
「ああ、普通に似合ってるのにな」
「そう、似合って……は!?」
「いや、似合ってるよ、その制服」
わかばは口元をピクピクさせ、後退る。
「キモっ」
「変わってないな、橋間は」
奏介は薄い笑みを浮かべる。
「うぐ……」
「追加でアイスミルク一つ」
「よくわからない脅し方するの止めてくんない!?」
高校生の頃、やり合ったことがあるのだ。とある事情でわかばが奏介の靴箱にイタズラを仕掛け、それに対してやり返すという流れを繰り返した後、嫌がらせで彼女に牛乳をぶっかけられたのだ。ちなみに奏介はそれでぶち切れたわけだが。
その時にはここまで仲良くなるとは思わなかった。
「ま、まぁ、悪い気はしないわ。……ありがと」
「最初からそう言えば良いだろ。一言余計なんだよ、お前は」
「だって、あんたに褒められるとか、キモイ、いや気持ち悪いじゃない?」
奏介はアイスコーヒーにストローを差した。
「丁寧に言い直しても悪口だからな、それ」
と、噂の乃木が歩み寄ってた。
「橋間ちゃーん。お知り合い?」
噂の乃木だった。近くで見ると、かなりの美人だ。
「え、あ、高校の同級生なの。大学違うけど」
「そうなんだー、仲良さそうだねー」
「仲良くはないからっ」
わかばが食い気味に言うので、乃木がクスクスと笑う。
「そっかそっかぁ。初めまして、乃木です。わかばちゃんのバイト仲間だよ」
「菅谷です」
会釈をする。
「わかばちゃん、ガードが固いからさぁ、男の子と親しげに話してるなんて珍しいよね。もしかして彼氏候補?」
「ちょっと、あたしには好きな人がいるのよ」
「え、でも外国留学した先輩なんでしょ? 現実的じゃなくない?」
「う……」
乃木が笑いかけてくる。
「菅谷君さ、わかばちゃんの制服どう?」
「え、ああ、似合ってると思いますよ」
「その話終わってるのよ!」
「良かったじゃない。あの人達に言われて凹んでたもんね」
「もぉおっ、乃木さん余計なこと言わないでよぉっ」
完全に遊ばれている。わかばの大袈裟な反応が面白いのだろう。
そろそろ話題を変えてあげることにした。
「それにしても大変ですね。ちょっと迷惑なお客さんみたいで」
「うーん、そうなんだよね。どうしたものかな」
「乃木さんからガツンと言う……のはマズいわよね」
「穏やかな人達じゃないからね」
乃木は自分がご機嫌を取っていれば良いと思っているのだろう。しかし、エスカレートする前に手を打った方が良さそうだが。
「そうだ、菅谷。なんとか出来ない?」
「懐かしいな、高校の時のそのノリ」
「なんか方法ないの?」
「穏やかな解決法じゃなければ簡単なのがあるぞ」
「……嫌な予感しかしないわね……」
と、三人組が乃木を呼んでいるようだ。
「菅谷君、後三十分でわかばちゃん上がりだから、一緒に帰ってあげてね」
乃木はそう言って片目を閉じて見せる。
雨はまだ止みそうにない。
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