第22話橋間わかばルート後編
雨が降る道を歩きながら、わかばはため息を吐いた。
「なんでこうなるのよ」
「俺に聞くな」
傘は一つである。雨が止まなかったので、彼女の傘にはいることになったのだ。
つまり、相合い傘状態である。
「もう、乃木さん、口が上手いんだから。……って、あんた肩が濡れてるわよ? 別にくっつくなとは言わないからこっちによりなさいよ。風邪引かれたらあたしのせいになるじゃない」
「そこまで濡れてないだろ」
「いいから」
腕を引っ張られる。
「ほら、これでお互い濡れないわね」
「……」
奏介は視線をそらす。
「これ、良いのか?」
「え、何が? ……あ!?」
相合い傘にくわえて、腕組み状態だった。
「いや、その」
腕組みを外したらその分だけ肩が傘からはみ出るのでやはり濡れてしまうだろう。
わかばの顔がみるみる赤くなって行く。
「別に俺は肩くらい濡れても」
「ここまで来たら、良いわよっ」
ヤケクソという感じで、ぎゅっと力を入れてくる。
「ところでほんとに駅までで良いの?」
「ああ、もう駅で傘買うから」
「それが良いわね」
わかばは、ため息を吐く。そして、
「早足で行くわよ! こんなところ知り合いに見られたら恥ずかしくて死ねるから」
わかばと共に歩くこと十分、近くの駅へと到着した。
「はぁ、やっとあんたから解放されたわ」
「ああ、ありがとな」
わかばはじと目になる。
「……素直にお礼言われるとなんか拍子抜けなんだけど」
「ひねくれてるんじゃないか? 送ってもらったんだから当然だろ。そういや、橋間」
「何?」
「さっきも言ったけど、あの制服よく似合ってたよ。あいつらの言うこととは気にするなよ」
「!」
わかばはあからさまに視線をそらした。
「バカじゃないの? 気にしてないって言ったじゃない。乃木さん目茶苦茶調子良いのよ。騙されてるって」
奏介は息をつく。
「それにしては嬉しそうだな?」
「バカっ。じゃあね、気をつけて帰んなさいよ」
わかばは水を跳ね上げながら、雨の中へ消えて行った。
一週間後。
奏介は通りかかったわかばが働く喫茶店の前で立ち止まった。
「たまには寄るか」
乃木からもらっていたコーヒー券の存在を思い出したのだ。
奏介は喫茶店のドアを開けた。その時。
「お前なんか接客すんなぶすっ」
「なんでいるんだよっ制服似合ってねぇー」
「乃木ちゃんをいじめて追い出しやがったな?」
わかばはそんな言葉を浴びせられ、うつむいていた。コーヒーは床に溢されてしまった。乃木の出勤が三十分ほど遅れて彼らの対応をしなくてはならなくなったのだ。何か失礼な言動をした覚えはないのにこの言われようである。
「なんとか言えよ、ブスおんなぁ」
と、わかばの前に誰かの背中が立った。
「お前ら、なんなんだ?」
聞き覚えのある声にわかばははっとする。
奏介だった。
「あぁ? 誰だよ、お前ぇ」
「お前らこそ、こいつとどういう関係だよ。俺の彼女に何暴言吐いてくれてんだ?」
わかばは目を見開く。
「はぁ? 彼女ぉ?」
「あぁ、うちの可愛い彼女にブスだとかよく言ってくれたじゃねぇか」
奏介は一人の胸ぐらを掴む。
「なぁ、名誉毀損で訴えるぞ、てめぇら」
「は……はは、何言ってやがるっ、店潰すぞ」
「ふざけんなよ? うちの彼女に暴言吐いてんじゃねえよって話をしてんのに、なんの店だよ。話そらしてんじゃねぇっ、」
「っ……! み、店がどうなっても良いのか」
「俺に店なんざ関係ねぇんだよ。彼女をばかにされといて黙ってられるわけねぇだろっっ」
奏介の叫びに青ざめて黙る三人。そこに後ろから乃木が現れた。
「こ、怖い」
涙を浮かべていた。
「へ!? 乃木ちゃん!?」
乃木は涙を流しながら、三人から後退る。
「やだっ、こんな怖い人達なんて思わなかった。わかばちゃんに酷いこと言って、ばかにして……酷い、酷すぎるっ」
くすんくすんと泣き出してしまう乃木。
「あ、あっ、乃木ちゃん? ち、違うんだって」
「そうそう、こいつらが絡んできたからさぁ」
「やだ、帰って! 怖い人達嫌いっ」
本気でショックを受けたらしく、 店を出ていこうとする男達。
「どこ行くんだよ。今警察呼ぶところなのに」
その言葉に彼らはさらに青ざめて、ダッシュで逃げて行った。
「ふう。ごめんね、わかばちゃん。怖い思いさせて」
すっと涙を引っ込めて、にっと笑う。やはり演技だったらしい。
「あ……いえ、大丈夫、です」
こちらは本物の涙目になっていた。
「菅谷君もありがと。凄いね、あいつら結構びびってたよ?」
「いえ、でも体よく追い払えましたね」
「うん、大成功」
片目を閉じて見せる。
「橋間、大丈夫か?」
「う……ん」
乃木は何か声をかけようとして止め、
「わかばちゃん、ちょっと休憩室行こうか? 倉庫に店長いたからお店は二人で片付けるからさ。菅谷君、お願い」
「あ、はい」
奏介はわかばを連れて、休憩室へ。更衣室と同じになっているようだ。
「……ありがと。あたし、なんか……何も言えなくて」
「ああ」
「色々酷いこと言われたのが、ショック……だったのかも」
奏介はわかばの前に立った。
「あんなこと言われたら当たり前だ。悲しくなるに決まってる」
「ん。嬉しかった、言い返してくれて」
「あんまり気にするなよ」
と、その時。
前からわかばに抱きつかれた。
「は、橋間?」
「……ごめん、なんか、凄く怖かったから、あんたの声聞いたら……涙出ちゃって……少しでいいからこのままで」
奏介は息を吐いて、わかばの背中に両手を回した。抱き締める。
「お前らしくないな」
「うるさいわね。……でもありがと」
「ああ、落ち着くまで、ここにいてやるよ」
奏介は優しくわかばの頭を撫でた。
「……うん」
わかばの頬に一粒だけ、涙が伝った。
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