第14話僧院ヒナルート10
来栖は相手が奏介だと分かると、戸惑いの表情を消した。
「はっ、出たか。オタク野郎」
奏介はこの上なく不機嫌な顔をすると、空のバケツを床に放った。
「なあ、もう一度聞くけど、お前今何をしようとしたのか分かってるのか?」
何故か自信満々に胸を張る。
「婚約者と愛し合おうとしていた、それだけだ。俺は家同士が決めたヒナの婚約者だからな!」
「ここで? こんなところで? お前、発情期を抑えられない動物か何かか?」
「なっ……!」
奏介は軽蔑の目を向ける。
「婚約者だかなんだか知らないが、無理矢理裸を見ようとしたんだろ? ヒナが嫌だって言ってんのに、許されるとでも思ってんのか?」
来栖は歯がみした。
「夫婦になるのだからそんなの」
「だから嫌がってんだって。良いって言ってないんだよ。分かるか? そうだろ? ヒナ」
「当たり前だよ! 手錠までして! どういうプレイだよ! 籍入れてないんだから他人でしょ!? この強姦魔のド変態っ」
ヒナはゆっくりと立ち上がった。
奏介は息を吐いた。
「知らないみたいだから教えてやるよ。いくら夫婦でも、夫が妻を殴ったり、妻が夫を刺したりしたら犯罪なんだよ。ここは従業委員通路だ。嫌がるヒナに何をしようとしたか、監視カメラにばっちり映ってるからな?」
来栖はにやりと笑う。
「そうかも知れないな。しかし、あの物置やこの従業員通路を提供してくれたのはここの経営者なのさ。君のような一般人にはできない芸当だろうが。ここに君の味方はいない」
と、ヒナが逃げて来た方から複数の足音が聞こえてきた。
「あっちですっ」
駆けてくるのは若い男性監視員二人だ。詩音達にヒナが物置に連れ込まれたと言ってもらったのだ。
ヒナがすっと息を吸った。
「助けてくださーい! この人変態ですっ」
奏介も手を振る。
「こいつ、女の子に手錠をかけて、無理矢理襲おうとしてましたっ」
そして監視員達の会話。
「おい、あいつ押さえようっ」
「わかったっ」
「やめろっ、俺はここの経営者と」
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ、こいつ!」
彼らは上から来栖のことを聞いていないのだろう。客にこう言われたら、変質者を捕まえるのは当然だ。
床に組み敷かれた来栖は奏介を睨む。
「ヒナの父親は俺の味方だ。お前なんか」
ヒナは奏介の隣に立った。
「おじいちゃん、どう思う?」
首からかけているスマホに呼び掛ける。
スピーカーホンから聞こえてきたのは老人の声だった。
『ほう、これが来栖の息子のやり口か』
「な、誰だ……?」
『うちの孫娘に手錠プレイだぁ? 良い度胸しとる。ただじゃおかんぞっ!』
がちゃりと大きな音を立てて通話が切れた。
「おじいちゃんだよ。僧院史周(そういんふみちか)ね。知ってるでしょ?」
来栖の表情が固まる。
「い、引退したはずじゃ。今僧院の当主は」
「引退したけど、お父さんとどっちが権力あると思う?」
「っ!」
「君らはちょっとここで待ってなさい、手錠を外せる工具を持ってくるから」
そう言って、脱力した来栖を連れて行った。
従業員通路に二人きり、ヒナは座り込んだ。
「はあ……さすがにドキドキした」
「まあ、計画通りだな。上手くおじいさんに繋いだし。あの罵倒も良かったぞ?」
「う、ん。そう、だね」
見ると、ヒナの体が震えていた。
「あれ、おかしい、な。なんか今になって、怖かったって」
ヒナは自分の体を抱くが震えは酷くなるばかり。
「だ、大丈夫か?」
奏介がしゃがむとヒナは潤んだ目を向けてきた。
「奏介君」
「どうした?」
「こ、怖かった。怖かったの。ボク、あいつに触れられて、怖かっ」
奏介はヒナの頭に手を伸ばし、自分の胸元に引き寄せた。
「そうだな。頑張ったよ」
「うう、奏介君っ」
「よしよし。分かってるって」
「助けに来てくれて……ありがと」
「ああ、当たり前だろ」
しばらくの間、ヒナは奏介の腕の中で目を閉じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます