第15話檜森リリスルート後編
とある日曜日。
リリスは公園の噴水広場で告白された相手を待っていた。
奏介から言われたのだ。告白相手のことをまったく知らなくて、それでいてただ断るのが悪いと思うなら一度仮でデートをしてみたら良いのではないか、と。
誤解されないようにそう提案してみたら、相手も了承したのだ。告白の瞬間しか顔を合わせない相手のことをよく知るチャンスだろう。
「……でも」
ぼんやりとしていると、奏介の顔が浮かぶようになってしまった。
「祈ってる、なんて言われたからでしょうか」
と、足音がし始めた。
「!」
「やっほーい、リリスちゃん」
明るい茶色のツンツンヘア、ピアスにだらしない服装、チャラ男という言葉がぴったりだ。
(相手は……選ぶべきでしたかね)
「こ、こんにちは」
「うっひゃ、かわええっ、リリスちゃんとデート出来るとか最高っ。全部奢っちゃうから」
「ああ、いえ。誘っておいて申し訳ないですから」
「んじゃ、行こっか」
肩に手を回される。
「は、はい」
お茶をする予定のファーストフード店へ向かう。
二階席で向かい合いながらお互いのことを話したり、雑談をしていたのだが、
(あ……)
頭の片隅で奏介のことを考えていたせいか、彼の姿を見つけてしまった。数人の女の子と一緒だ。
(さすが、菅谷さんですね)
今の奏介なら女子が寄ってきてもおかしくはない。
(私に資格はないですけどね)
そこで名前を呼ばれ、はっとする。
「どしたの? 外見て。なんかあった?」
チャラ男が首を傾げる。
「いえ、そういうわけでは。あ、あそこのお菓子屋さん美味しそうだと思いまして」
「おー、ほんとだ。なら行ってみる? お茶だけじゃお互いよく分かんないからさぁ。今日は色んなとこ行こうよ。ね?」
舌をぺろりと舐める。少し寒気を覚えた。
肩を抱かれて店を出たリリスはとっさに興味を持ったと言った菓子屋へ。
「でさぁ、女友達もたくさん呼んでカラオケに行くわけよ。今度は俺の彼女ーとか言ってリリスちゃん呼んじゃおうかなぁ」
「え、あ、いや、まだお互いよく知らないですし」
「オレ、一目惚れだよ?」
「そ、それはありがとうございます」
そんな話をしていると、
「うおっ!」
「きゃぅ!?」
二人で誰かにぶつかってしまった。
「あーん? どこ見て歩いてんだぁ?」
ガタイの良い男だった。目付きの悪さと刈り上げた髪がなんとも反社会的な組織を連想させる。
「う……!」
チャラ男が顔を引きつらせる。
「女やんのは趣味じゃねぇ。兄ちゃん、ちと来いや」
「す……すみませーんっっ」
チャラ男はあっさりとリリスを置き去りにして、逃げて行ってしまった。
「……え。……えぇ?」
一緒に逃げるならまだしもあっさり置き去りとは。あまりのことにリリスは固まる。
「なんじゃあ、あれは。じゃあ、ねぇちゃん」
「ひっ!?」
と、その時。
「檜森」
後ろから声をかけられたかと思うと奏介がリリスの横に並んだ。
「す、菅谷さん」
「すみません、こいつ、俺の連れなんで。失礼しました」
しっかりと頭を下げると、
「ほら遅れるぞ、急げ」
奏介は男の口が開く前にリリスの手を取って駆け出した。
ひたすら走って、走って到着したのは桃原公園のそばだった。少し先に見えるのは以前一緒に座ったベンチである。
「……はぁ、はぁ……お前、あれはないだろ。せめて、相手選べよ」
この前の助言のことを言っているのだろう。
「はぁはぁ。すみません、あの後すぐだったので、やってみようと。……というか見てたんですか?」
「ああ、友達と分かれてすぐに見つけてな。あれはなしだ。やめとけ」
「はい。自分でもそう思います」
お互い息を整えて、一息吐いた。
「あの、ありがとうございました」
「ああ、無事でよかったな」
リリスは奏介が女の子達と歩いている光景を思い出した。
「なんで優しいんですか?」
奏介の背中に問いかけた。
「ん?」
顔だけで振り返って不思議そうな顔をする彼。
「わたしは、二度も酷いことしたのに、なんでそんなに優しくしてくれるんですか?」
リリスは震えながらも問うた。
「なんでって困ってたから」
「わたしはっ……わたしは菅谷さんのこと怖いと思ってたのに、そうやって優しくしてくれるから、なんか変な気持ちになってきました。聞きたいことがあります」
奏介はリリスに向き直る。
「なんだ?」
「菅谷さんが好きになった女の子は……わたしだけなんですよね?」
「それは小学生の時の話な」
「どうして、ですか? なんで、その時、想ってくれたんですか?」
奏介は息を吐いた。
「俺がいじめられる前に、お前が優しく声をかけてくれたことがあったんだよ。それだけだ。もちろん、可愛かったって言うのもあるけどな」
リリスは目を見開いた。頬が異常に熱くなってきた。
「今じゃ、ダメですか?」
「何が?」
「真剣な答えです。告白の答えを今返すのは、ダメですか?」
「ああ、ダメだな。今の俺はあの時の気持ちにはなれない」
リリスはうつむいた。
「ですよね」
「なんか残念そうだな、どうした?」
「私、菅谷さんのことが」
すると奏介は辺りをキョロキョロと見回した。
「あの……?」
「また面白い遊びをし始めたなと思って。いい度胸だよなぁ、お前ら」
奏介がすっと目を細めた。
「ひぅ!? ち、違いますから!」
「わかったわかった。とりあえず今すぐごめんなさいしたら今回は勘弁してやるよ」
リリスは手を握りしめ、
「菅谷さん」
すっと奏介に歩み寄った。そして、彼の顔に自分のそれを近づける。頬を両手で押さえ、目を閉じて唇を……。
「ひ、檜森?」
動揺した声に、リリスは動きを止めてゆっくりと離れた。
「菅谷さんが良いって言ってくれるなら、この先も嫌じゃありません」
リリスは顔を真っ赤にして唇に指を当てる。
「……今回のイタズラは随分と踏み込むんだな」
奏介の言葉にリリスは肩を落とした。
「違うんですってぇ。私は本気なんですよ」
ちょっと泣きたくなる。
しかし、見ると奏介は気まずそうに視線をそらしていた。気のせいか、照れているような。
予想以上に、脈があるのかもしれない。
「本気、です。イタズラじゃありません」
「どう考えても気の迷いだろ、お前」
リリスは彼の胸へ飛び込んだ。
「本気ですっ、菅谷さんのせいなんですよ。優しいから。……ダメですか?」
数十秒の沈黙。そして、
「……俺が良いのか?」
そんな問いにリリスは顔を上げた。奏介は真剣な顔をしていた。
「はい。菅谷さんが、良いんです」
と、奏介がリリスを抱き締めた。
「仕方ないな。昔惚れたやつに頼まれたんじゃ簡単に断れない」
「! はい」
「……まぁ、次裏切ったらめっためたにするけどな」
リリスは素早く奏介から離れた。
「やっぱり怖いですっ、でも、あなたが好きです」
奏介は苦笑を浮かべ、リリスの頭に手を置いた。
「信じるよ」
「……嬉しいです。凄く」
リリスは目を閉じて、彼の手の感触を噛み締めた。
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