第13話伊崎詩音ルート前編
大学一年生の伊崎詩音は大学の学食で友人を待っていた。外は太陽が照りつけて、暑いので冷やしラーメンが美味しい。
麺をすすりながら横に置いたスマホを見る。
「んむ? おお」
高校のプチ同窓会の日程が一発で決まった。メッセージアプリのグループチャットには『OK』の文字が並んでいる。
と、幼馴染の菅谷奏介から着信が。
「もしもし、奏ちゃん?」
食堂内なので小声で。
『あ、電話まずかったか?』
「んー、要件長くなる?」
『いや、同窓会会場、良いところがあったから、メッセージで送っておく。じゃあな』
「お、ありがとう」
切れた。奏介には会場探しを頼んでいたのだ。残念ながら酒が飲める歳ではないので普通の夕食会になるだろう。
すぐにメッセージが受信された。
「きたきた」
と、その時。隣と前に同じゼミの友人達が座った。
「お待たせっ、詩音」
「それ冷麺? 美味しそう。そっちにすればよかったわねぇ」
今日、高校からの友人である椿水果はサークル活動に参加しているのでここにはいない。
「二人ともお疲れっ」
すると彼女達が詩音のスマホを覗き込んでいた。
「あ、また菅谷君とやり取り?」
と、ロングヘアの友人。
「仲良いわよねぇ」
そう言ったのは金髪の友人だ。
「幼馴染だからねー」
詩音はいつも通りの返しをした。よく言われるフレーズなのだ。ちなみに奏介も同じ返しをする。
二人は顔を見合せ、
「詩音、知ってるの? 最近、菅谷君て何気にモテるのよ。あれは見た目じゃなくて中身に惚れられてるよねぇ」
「モテる? あー……でも高校の頃から周りに女の子結構いたし」
「いや、他人事じゃないでしょ。さっさと付き合って、狙ってる奴を蹴散らさないと」
「付き合うって、わたしと奏ちゃんが? えー……。考えたことないな」
「バッカ! 気づいてないだけで詩音はぜぇったい菅谷君のこと好きだから! 菅谷君の結婚式で後悔するタイプだから」
「そ、そんな力説されても」
「てか、詩音はどうみても菅谷君に特別扱いされてるから。下の名前で呼び合ってる女の子、あなただけだからね!? どう考えたって大きなアドバンテージってやつよ!」
力説である。
「う、うん」
「まぁまぁ、まずはちょっとだけ意識してみなよ」
「はぁ、意識……」
詩音はなんとなく奏介の顔を思い浮かべ、首を傾げるのだった。
数日後。
奏介、詩音、水果、真崎、わかば、ヒナ、モモという懐かしのメンバーが居酒屋に集まっていた。
全員未成年のため、アルコール禁止だが、店がノンアルコールカクテルなどを出してくれている。
個室でわいわいしていると高校時代を思い出す。
詩音は乾杯の音頭を取った後、当たり前のように奏介の隣へ座った。
そこではっとする。
(当たり前のようにこの席順になった!?)
席を決める時、どんなやりとりをしたか思い出せない。
「え、どうした? なんだその顔」
「あ……なんでわたし、奏ちゃんの隣に座ってるのかな?」
「何言ってんだよ」
「おっしゃる通りです」
すぐに他のメンバーとの会話に戻った奏介の横顔をちらちら見ながら、詩音は思考を巡らせる。
(うーん。変なこと言われたから気になっちゃうよ)
と、自分の取り皿に刺身皿から甘エビとマグロ、サーモンが次々に移動してきた。
「へ……?」
見ると、奏介だった。
「甘エビ好きだろ? ぼーっとしてると料理なくなるぞ」
「あ、ありがと」
と、ヒナがにこにことこちらを見ていた。
「へぇ、しおちゃん甘エビ好きなの?」
「あぁ、寿司も一番に取りに行くし」
「ごめん、菅谷。イカそうめん食べたいからちょうだい」
わかばが言うので、奏介は刺身皿ごと彼女へ渡した。
「あ、ボクサーモン食べるー」
詩音は、目を見開いた。
(と、特別扱い、これが特別扱い!?)
二人の取り皿には届く距離なのに皿ごと渡したのだ。
意識しだすと止まらない。頭に血が上ってくるような錯覚に襲われる。恐らく、顔が熱くなってきたせいだろう。
「しお?」
ドキリとした。
「へ!?」
「どうした?」
「ど、どうしもしないよ?」
完全に挙動不審である。
(あ、あれ? 名前呼ばれるのってこんなに恥ずかしいんだっけ)
「だからさ、あの時ボクはそう思ったんだよね。あれっていつだっけ?」
「高校二年の……ちょっと記憶が曖昧ね。ここの全員いたわよね?」
「いや、俺としお、僧院、橋間、針ケ谷だけだろ」
なんの思い出話かはもはやどうでもよかった。詩音だけが名前呼び。これだけ仲の良いヒナやわかばでさえ名字なのに。
場を盛り上げる用意もしてきたというのに、今日は動けそうにない。
数時間後。
詩音は奏介とマンションへの道を歩いていた。
「今度から調子悪い時は言っとけよ」
「う、うん」
詩音の体調不良もあり、同窓会の続きは後日ということになった。
「うう、申し訳なかったなぁ。わたしのせいで」
「不健康な生活してるからな」
「最近はしてないから! ……奏ちゃんさ、わたしのことなんでも知ってるよね。わたしも奏ちゃんのことはそうだけど」
「そりゃ幼馴染だからな。ずっと、一緒だし」
詩音は顔を赤くしてうつむいた。
「そうだよね。なんだかんだ一緒にいるよね」
それは幸せなことなのだと、今初めて気づいた。この先も一緒にいられるのだろうか。
詩音は思わず奏介の服の裾を掴んだ。
「ん?」
「奏ちゃんは」
詩音はそこまで口にして、
「……あ、何言おうとしたか忘れちゃった。あはは」
「さすがに大丈夫か?」
奏介の呆れ顔に少しほっとする。
(わたしのことをどう思ってる……なんて聞けないな)
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