第12話僧院ヒナルート9
不気味に笑う来栖。
密室に連れ込まれたとあって、心臓がどくどくと音を立てている。
(ここまで危険人物だったなんて)
「この施設の経営者はうちと深い付き合いがあってね。特別にここを借りたんだよ。既成事実を作ってしまった方が君も諦めがつくだろう」
ぞくりとした。頭がおかしいとしか思えない。やろうとしていることは通り魔のそれと同じだ。
ヒナは立ち上がった。
「何言ってるんですか? お父さんが良いって言ったからってボクは嫌ですよ。ほとんど話したことがないのに、婚約者とかあり得ないから」
「ふふ。見合いとはそういうものだ。遥か昔は祝言の日に顔を合わせるなんてこともあったらしいからね」
「今、現代だし、そんなの知らないって! ていうか、ボクには彼氏がいるんで」
「ああ、あの身なりがどうしようもなく終わっている青年か。あんなのより、僕みたいなイケメンが良いだろう? きっと子供もかっこよく、可愛く産まれるさ」
「キモいこと言わないでよっ」
微妙に話が通じていない気がする。じりじりと寄ってくる来栖に後退るヒナ。
壁に背中が触れた時、手に何かが当たった。それはドアノブだった。
この物置には二つの出入口があるようだ。
ヒナは思いきってそのドアノブを回した。
(開く!? 時間稼がなきゃっ)
「待てっ」
ヒナは物置の外へと出た。見ると地下に階段が続いている。恐らく、従業員用通路だろう。
迷っている暇はない、駆け足で階段を駆け下りる。照明は最低限だ。
「先は行き止まりだ。諦めた方がいい」
(信じるわけないじゃんっ)
地下通路に到達した。今も使われている通路なのだろうが、運悪く人気がない。
「はぁはぁっ」
曲がり角が見えてきた。加速して、左へ。
「えっ」
通路の真ん中に浮き輪が積み重なっていた。
「ちょっ」
急に止まれず、そのまま浮き輪に突っ込んでしまう。
「うう、何これ」
肘を打ち付けてしまったかもしれない。
体を起こそうとして、かちゃりという嫌な音がした。
「え」
見ると、自分の両手が後ろで、手錠のようなもので繋がれてしまっている。
「な……」
来栖がニヤニヤと笑っていた。
「君は自分の立場を知るべきなんだよ」
すっと彼の手が伸びてきたのは肩の辺り。ビキニでいう紐(実際はタンクトップ型)部分の間に手を入れられる。
「!!」
「へ、変態っ! それ以上触ったら許さないからっ」
「こういうのは慣れだから」
すっと肩の水着を下ろされそうになった時、
「ぶわっ!?」
彼の頭の上から滝のような勢いで水が振ってきた。
後ろには無表情でバケツをひっくり返した奏介の姿が。
「ヒナ、離れろ」
ヒナははっとして来栖から距離を取る。来栖はと言うと、顔にかかった水を拭きながら振り返った。
「くっ、一体何を」
すると今度は、二つ目のバケツを構えた奏介が顔面にぶっかけた。
「うぶっ!?」
幸い、この通路は水着のまま歩けるようになっているので水が広がっても問題ない。
奏介は水をかけられておろおろする来栖の脇を通って、ヒナをかばうように立った。
「そ、奏介君」
「大丈夫か? ヒナ」
「う、うん。怪我とかしてないよ」
奏介はほっとした様子で来栖を睨み付ける。
「おい、変態。自分が何しようとしてるか分かってんのか?」
静かに、そう問うた。
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