第10話高坂あいみルート前編
お迎えの時間、席が決められたテーブルでおやつを食べた後、片付けをし、帰りの会になった。
「それじゃ、今日はさようならして終わりましょうね」
前に立つ保育士の先生がそう声をかける。
ウサギ組の教室にて、あいみはテーブルについて、皆と一緒にさらようならの挨拶をした。
「またねっ、あいみちゃん」
「バイバイ、あいちゃん」
仲の良い子達はすでに迎えが来ているらしく、手を振って教室を出て行く。
「うん。バイバイ」
手を振っていると先生が歩み寄ってきた。
「さ、あいみちゃんも向こうの部屋行こうね」
これからの時間はいわゆる延長保育になる。いつみの仕事の関係で外が暗くなるまで保育園にいなければならないのだ。
あいみにとって今の生活は幸せだ。伯母のいつみは優しいし、時々会いに来たり、一緒に遊びに出掛けたりしてくれる知り合いもいる。
日が暮れて空が暗くなる頃、窓の外に見知った人影が。
「あら?」
保育士の先生が窓を開けて確認する。それは、高校生の男の子だった。
「そうすけ君」
あいみは窓に歩み寄る。
「ええっと、あなたがあいみちゃんの伯母さんの代わり? さっき電話があった、えーっと」
「菅谷です。うちの母が車で来ているのであいみちゃんはお預かりします」
奏介は自分の学生証を見せたようだ。すると保育士の先生は頷いた。
「確かに。じゃあ、あいみちゃんは帰りのお支度しようか」
「はい」
着替えてから、鞄に持って帰るものを入れて、靴をはく。
「じゃあ、預かります」
「よろしくお願いしますね。バイバイ、あいみちゃん」
「先生、さようなら」
と、奏介に手を握られる。
「帰ろっか」
「うん」
保育士の先生に見送られながら園庭を歩く。
「伯母さん、お仕事?」
「急に帰れなくなっちゃったんだって。伯母さんのお仕事が終わるまでうちにいようね」
「うんっ」
奏介の家なら何度も行ったことがある。
園の駐車場には奏介の母親が乗る車が停まっていた。
「あ、お帰りなさい、あいみちゃん」
「こんにちは」
あいみは頭を下げる。
「ふふ、偉いわね」
奏介の母親の車で以前住んでいたマンションへ。
奏介の家にお邪魔して、テーブルについた。奏介の母親は夕飯の準備をしにキッチンへ。あいみは奏介とテレビを見ながら出されたココアを飲むことになった。
「伯母さん、お仕事忙しいの?」
あいみが問う。
お仕事の内容はわからないが、時々家でPCを開いていることがあるのだ。
「今日はたまたま残業だって。これから毎日じゃないから大丈夫だよ」
と、奏介の母親が淹れたてのココアを運んできた。
「はい、あいみちゃん、どうぞ」
「ありがとうございます」
「もうちょっとでご飯だから待っててね」
「うん」
あいみは嬉しそうに頷く。他人の家と言うこともあり、お腹が空いてるとは言いづらい。子どもながらについ気にしてしまう。
「奏介、あんたコーヒーで良いんだっけ」
「ああ、うん」
と、奏介の母親がお盆を抱えた。
「ねぇねぇ、あいみちゃん保育園に好きな男の子いるの?」
「え?」
あいみは首を傾げた。
「母さん……。いきなり困るような質問を」
「良いじゃない。姫は四歳くらいからそういう話してたわよ?」
「姉さんとは違うし」
「えと、好きな子はいない。……あんまり、男の子と喋りたくないの」
母親はもちろん、奏介もはっとした。
「そ、そうよね。おばさん変なお話しちゃった。気にしないでね。テレビ見てゆっくりしてて」
母親はあいみの頭に軽く触れて、
「じゃあ、あいみちゃんよろしくね、奏介」
「あぁ」
母親が去って行ったので、奏介とあいみはそれぞれマグカップに口をつけた。テレビをつけたところであいみが、
「……そうすけ君はいるの?」
ぽつりと呟いた。
「ん? 何?」
「かのじょ。好きな女の子」
「今はいないかな」
あいみはじっと奏介を見つめる。
「どうしたの?」
「わたしは、そうすけ君のこと好きだよ」
「そっか、ありがとね」
あいみはこくりと頷いて、ココアを一口。
「大きくなったらそうすけ君とけっこんしたい。他の男の子嫌だから」
奏介は笑って、
「結婚かぁ。かなり先の話だね」
「良い?」
「うーん。あいみちゃんの気持ちが変わらなかったらね。きっと、俺より良いって思う男の子に会えると思うよ」
「……そうなの?」
「これから小学校行って中学校行って高校行くからね。色んな人と友達になるだろうし」
「そっか……。でも、そうすけ君をずっと好きだったらしてくれるの?」
「あはは。そう、だね。その時は」
あいみはその答えに満足して、ココアを飲み干した。
………………。
…………。
………。
十年後。
奏介は大学を卒業した後、一般企業に就職し、忙しい毎日を送っていた。社会人三年目。残業をすることもしばしば。
とある夏の日。その日は奇跡的に定時で上がることが出来た。会社を出ると、夕焼けがきれいに見えている。
ぼんやり空を見上げていると、目の前に誰かが立った。
「……?」
恐らく女子高生だろう。セーラー服姿。通学用鞄を肩にかけている。
「奏介君、久しぶり」
そう言って控えめな笑顔を向けてきたのは、
「……もしかして、あいみちゃん?」
あいみは嬉しそうにコクコクと頷く。会うのは五年ぶりだろうか。少し遠くへ引っ越してしまってからは、たまに電話をする程度になってしまったのだ。
「お、大きくなって」
以前会ったのは十歳の時であり、まだ小学生だった。
「奏介君、親戚のおじさんみたい」
「まぁ、もうすぐおじさんに足突っ込みそうな年齢だけどね」
苦笑を浮かべる奏介、あいみはじっとこちらを見つめてくる。
「そういえば、どうしたの? よく俺の会社分かったよね」
「おばさんに聞いた」
「なるほど」
一人暮らしのアパートは知らなくても奏介の実家の番号なら知っているだろう。
「わたし、今年から高校生になったの」
「初めて会ったのが五歳の時だから……もう十年経つんだね。少し遅いけど入学おめでとう」
「うん、ありがと。……奏介君、彼女いるの?」
「今? 別にいないけど」
「じゃあ、後二年したら結婚してくれる?」
「え!?」
奏介は固まる。
「約束。わたしの気持ち変わらなかったらしてくれるって、言ったよね」
あいみは上目遣いで奏介を見上げた。
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