第9話須貝モモルート前編

 とある夏の日。

 須貝モモは大きなホームセンターへ来ていた。初めてくる場所であり、目当てのペットコーナーがどこにあるのかわからない。

「来るんじゃなかった」

 迷うこと十五分。早くも心が折れかける。

 夏バテ対策に良いとして売られているらしいウサギ用の新作ペレットは近くの小さなペットショップにはないのだ。

「買い物か?」

 何気なく声をかけられ、振り返ると高校の同級生、菅谷奏介が立っていた。

「!」

「先週ぶりだな」

 先日仲良しメンバーで同窓会をしたのだ。大学も違うので再び出会うとは思わなかった。

「ええ。菅谷君も買い物?」

「ああ、大学が近いんだ。講義終わったからぶらぶらして帰ろうかと」

「そう」

 どうやら一人のようだ。

「それで何を買いに?」

「あ、実は」

 事情を説明すると、奏介はすんなりとペットコーナーへ案内してくれた。

「ありがとう、助かったわ」

「ああ。でも夏バテ気味って心配だな」

「今朝ぐったりしてただけだからわからないけど、暑さだったらなんとかしてあげたくて」

 暇だから付き合うという奏介と一緒にウサギ用品売り場へ。

「ここか?」

「! ええ、ありがとう」

 大々的に夏バテ対策と銘打っている。実際はわからないが、少しでも快適に夏を過ごさせてあげたいという気持ちなのだ。

「あ、このおやつ好きそう。新しいオモチャ」

 数分後。

「持ち帰れるのか?」

 会計を済ませたモモは両腕いっぱいにウサギ用品を抱えていた。我に返ったようで、

「……電車に乗れる気がしないわ」

 その様子に奏介はため息を一つ。

「一緒に家まで運んでやるよ」

「え、でも」

「二人の方がましだろ」

 奏介は二駅先のモモのアパートへ向かうことにした。



 モモの住居は比較的新しいアパートだった。当然ながら一人暮らしらしい。

「じゃあ、俺はこれで」

 二階のモモの部屋まで荷物を運び、床に置いてから奏介は

そう言った。

「あ、菅谷君。よかったらお茶でも飲んでいって」

「いや、お前、一人暮らしの部屋に男をあげようとするなよ。その無防備さは良くないぞ」

 するとモモは部屋の鍵を開けた。

「男の子を上げるつもりはないわ。でも菅谷君は信用してるから」

「俺はずいぶんと評価が高いんだな」

 奏介はそう呟いて、モモの部屋に荷物を運んだ。

 アパートでワンルームとは言え、防犯設備もしっかりしており、あの父親の影が見え隠れする。

「座ってて」

 部屋の中心のローテーブルの前に腰を下ろすと、モモはヤカンに水を入れて、コンロの火にかけた。

「沸かしたお茶でアイスティーを作るのにはまってるの」

 モモはそう言ってグラスいっぱいに氷を入れる。

「快適そうでいいな、一人暮らしは」

「そう?」

 と、部屋の隅にある布のかかった長方形の物体がガタガタと揺れだした。

 気づいたモモがそれに歩み寄って布をはずす。

「なんか、元気そうだな」

「今朝はたまたまだったのかも」

 真っ白なウサギは元気にゲージに体当たりしている。

 ふと、ベッドの横のミニテーブルに写真立てがあることに気づいた。

 よく見ると、綺麗な女性が写っている。

「母なの」

 奏介の視線に気づいたのだろう、モモがそう言った。

「初めて見た」

「……亡くなってしばらくは飾れなかったから」

「三年くらい経つか」

「もうすぐね」

 モモはグラスに熱い紅茶を注ぐと、奏介の前に出した。丁度良く氷が溶け、あっという間にアイスティーになる。

「どうぞ」

「ああ、いただきます」

「……高校一年生の時、菅谷君に出会ってなかったら、わたしは生きてたかわからないわ」

 奏介はアイスティーを吹きそうになって、どうにか飲み込んだ。

「ふ、不吉なこと言うなよ」

「本当よ。あの子にも消えろとかいらない子とか色々言われて、お父様もわたしの気持ちなんてまったく考えていなかったし」

 モモはアイスティーを一口。

「菅谷君にもだけどわかばとヒナにも感謝してるの。あなたのことを紹介してくれたし、あ、でもね。ちょっとあの二人には嫉妬しちゃう」

「嫉妬?」

 モモは控えめな笑顔を浮かべる。

「言い合いするくらい仲が良いから。わたしはあんな感じにはなれないし」

 奏介は息をつく。

「ならなくて良いだろ。僧院と橋間も賑やかで退屈しないけど、須貝の落ち着いた感じ、凄く良いと思うぞ」

「え」

「一緒にいると俺も落ち着けるしな」

 モモは目を瞬かせる。

「そう……?」

「あぁ」

 モモはほんのり頬を赤くし、視線をそらした。

「ありがとう」

 奏介はアイスティーを飲み干すと、壁時計を見る。

「俺はそろそろ帰るよ。やっぱり女の子の部屋に長居するのは落ち着かないからな」

「あ、うん」

「須貝が嫌じゃなければお昼でも一緒に行くか?」

「ええ、是非」

 用意して二人でアパートを出ることにした。

「さっきの駅の近くにファミレスあったよな」

「ええ、あそこで良いわ」

 と、唐突に車が横に停まった。よく見ると黒の高級外車だ。

 驚いていると、車の窓が開く。

「モモ」

 顔を出したのはモモの父親だった。

「お父様。すみません、今家を空けてきたところで」

「いや、通りかかっただけだ」

 彼はモモと奏介を交互に見、

「邪魔をしたな」

 すぐに窓をしめ、車は走り去ってしまった。

 と、モモのスマホにメッセージが届く。

「!」

 モモが珍しく驚いた顔をしていた。

「須貝?」

 奏介が覗き込むと、

『落ち着いたら彼氏を連れてきなさい』

 それだけだった。

「……あの、気にしないで」

 モモは恥ずかしそうに言って、スマホをポケットへしまった。

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