第8話僧院ヒナルート7

 翌々日の昼過ぎ。

 奏介はヒナの家の近くの公園の前で待っていた。

 今日の予定だが、ナイトプールも営業しているということで、集合は夕方なのだ。

 その前に会おうと言ってきたのはヒナである。

「お待たせ」

 自宅の方から手を振って歩いてくるのは、ヒナである。心なしか浮かない顔をしている。

「それで、話って?」

「先手を打たれたんだよ」

 ヒナが神妙な面持ちで言う。

「先手?」

「向こうから正式に交際の申し込みが来てさ、お父さんが勝手に受けちゃったの」

 奏介は目を瞬かせる。

「え、それって」

 ヒナは憂鬱そうにうつむく。

「両家公認で婚約者……ってこと」

 奏介は口を半開きにして固まるしかない。ヒナは少し泣きそうになっていた。

「ヒナの気持ちとかどうでも良いのか……?」

「今日、おじいちゃんが反論してくれるって言ってくれたから、お父さんと話してると思う。……ボク、あんな人と婚約者になんかなりたくない。やだよ、和真みたいな金持ち男なんて」

「ヒナ」

「ボク、どうしたら」

「お、おい、大丈夫か?」

 ヒナの体が震えだした。思い浮かぶのは第三図書室の光景。

「きっとまた、他の人と浮気されて」

 と、奏介がヒナを抱き寄せた。

「ひゅ!?」

「一応、付き合ってるって設定だからな」

「へ、へ? あ、あのっ」

 顔が急激に赤くなる。

「こんなとこで泣くなって」

「だ、だって、だってっ」

「人が来る前に……涙ふいとけよ」

 見上げると、奏介は心底恥ずかしそうに視線をそらしていた。

「……うん」

 ヒナは顔を真っ赤にしつつも、奏介の服へ顔を埋めた。

 人通りがなかったのは奇跡である。



 ヒナを落ち着かせた奏介は先日の駅ビルの喫茶店へと来ていた。集合までまだ時間があるので、のんびりお茶をすることに。

「大丈夫か?」

「うん。なんか落ち着いた」

 ヒナはオレンジジュースをストローですする。

「なんか、奏介君といるとほっとするよ。……お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」

 少し潤んだ瞳を向けられる。

「なんだ?」

「あいつを、刑務所にぶちこんで」

「そのテンションでその願いごとか……?」

「もうそれしかないんだもん。もういっそ、犯罪なすりつけて逮捕されてもらおうよっ」

「結構危ないぞ、その発言」

 さすがに小声だが、相当追い詰められているのだろう。

 そんな会話をしていると、テーブルの横に誰かが立った。

「やぁ、ヒナ」

 噂をすればなんとやら。勝ち誇ったような笑みを浮かべた来栖だった。

「!」

 ヒナは固まる。

「失礼」

 勝手に席に座ると、彼は奏介に挑戦的な目を向けてきた。

「つい先日、彼女は僕の婚約者になったんだ。君はヒナとどういう関係だ?」

 奏介は一口アイスコーヒーを飲んで、

「付き合ってます。かなり前から」

「ほう? まぁ、ヒナは最近まで婚約者はいなかったようだから他の男と付き合っていたことは許そう。でも、これからは違う。ここで別れてもらうよ」

「ヒナを浮気男なんかに渡せませんね」

 奏介がさらっと言うと、来栖は表情を歪めた。

「浮気なんかするわけないだろうっ」

「前に婚約者だった殿山和真ってのがいまして、そいつも金持ちだったんですけどね? ヒナのことをブスだなんだとほざいた挙げ句、図書室で他の女とよろしくヤッてたんですよ。僧院家より殿山家の方が位が高いとかなんとかで、見下して暴言吐きまくってたので、トラウマになってるんですよね。あなたも同じでしょ?」

「そんな男と一緒にするな。僕は女性に暴言を吐いたり、浮気なんかしない」

「そうですか。それは良いですけど、なんで俺に向かって言うんですか? 気遣いがなってませんね。交際を申し込む前にヒナの事情をきちんと理解して、自分は絶対にそんな思いはさせないと彼女に誓いを立ててから婚約者になって下さいよ。まぁ、ヒナの父親も大概ですが、まずヒナの気持ちを組んでからの申し込みでしょ。行くぞ、ヒナ」

「え、あ、奏介君?」

 奏介はヒナの腕を引っ張って支払いをし、喫茶店を出た。

 来栖は凄い形相で睨み付けていた。



 少し早いが、集合場所へ向かうことにした。車で追ってこられない少し狭い路地を進む。

「やっぱり和真と同じ匂いがするっ」

 ヒナは頬に手を当て、青ざめていた。

「俺もなんかそんな感じしたな」

 あの現れた時の勝ち誇ったようなような顔、あれは絶対にヒナの扱いを雑にするだろう。

「ううん。和真の時みたいに黙ってらんないっ。ボクも攻めなきゃ! 奏介君お願いっ」

「ん? ……まぁ、婚約をなかったことに出来るように動くのはありかもな。逮捕はちょっと厳しいけど」

「作戦会議だね。よし、打倒バカ和真モドキ!」

 ヒナは決意を新たに拳を握りしめた。

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