第7話僧院ヒナルート6

 僧院家に着くころには、ヒナはすっかり元気になっていた。

「ここまで来るの久々だな」

「そうだねー」

 ヒナの家は大きな屋敷という印象はない。和風建築でも洋館風でもなく、普通の民家で三階建てかつ、広い庭付きなのだ。

 門の前、ヒナは後ろからついてきた奏介に向き直った。

「今日はありがとっ、また高校の頃みたいに遊んでよ」

「ああ、もちろん」

「それでそれで、約束のこと忘れないでね?」

「恋人役の話だろ?」

「う、うん。もう交際宣言してもらっちゃったし、奏介君には後でたくさんお礼するから、とことん付き合ってもらうよ! 考えておいて」

「お礼か」

 特にそういったものはいらないのだが、断るとヒナの気が済まないだろう。ここは受けといた方が良い。

「じゃあ、何か美味しいものをごちそうしてもらおうかな」

 ヒナはぱっと目を輝かせた。

「もちろん! 楽しみにしてて」

 と、奏介ははっとした。

 ヒナの背後の玄関のドアが開いていて、隙間から誰かが覗いているのが見えたのだ。

「……ヒナ、じゃあ俺は帰るから。明後日ね」

「そうだった、明後日! うーん。……とにかく、またね」

 しかし、その瞬間、ドアが勢いよく開いた。

「待たれ、少年」

 出てきたのは着物姿の白髪の老人だった。

「おじいちゃん!?」

 ヒナが声をあげる。彼女の祖父なのだろう。

「ヒナとはどういう関係だぁ? んん?」

 サンダルを履いて、こちらへ近づいてくる。

「え、あ、はじめまして。ヒナさんとは、とも……いや、最近お付き合いを始めました。菅谷奏介と言います」

 頭を下げる奏介にヒナは固まった。そうだ、ここで友達だとか元同級生などと紹介するわけにはいかない。

「ほう? ヒナの恋人かぁ? うちの孫娘のどこに惚れたんじゃ、言うてみぃ!」

「おじいちゃんっ、初対面で失礼だからっ」

 案の定、奏介は愛想笑いで困っている。

「言えんのか? 言っとくが一つじゃあ、納得せんぞ」

「あー……。そうですね、俺の気持ちを察して気遣ってくれたり、何も言わずに協力してくれたり、いつも明るくて、人懐っこくて、ボクっていう一人称もかわいいし、それと」

 すると、ヒナに腕を掴まれた。涙目で顔を真っ赤にしていた。

「や、やめて」

「え、いや、本音だから嘘とかじゃ」

「そういうことじゃないんだよっ、ボクを誉め殺してどうする気!?」

 ヒナ祖父を見ると何度も頷いていた。

「合格。よく見とる」

「ありがとうございます。じゃあ、俺はこれで」

 見ると、ヒナは頬を膨らませていた。

「恨むからね……?」

 奏介は苦笑気味にヒナの頭に手を置いた。

「じゃ、明後日な。ヒナ」

「う、うん」




 日曜日。

 ストーカー化の危険がある見合い相手の心配をして、ヒナを家まで迎えに来た奏介は門の前で待っていた。

 時間になると、何故か音を立てないように外へ出てきたヒナは辺りをキョロキョロと見回し、

「おい、どう」

 声をかけようとした時、腕を掴まれてダッシュを強要される。

「なんだ、どうした!?」

「またおじいちゃんに捕まったら、時間に遅れちゃうでしょっ」

 しばらく走って曲がり角を左へ。ヒナの家が見えなくなってから足を止める。

「はぁはぁ……はぁ。よかった、振り切った」

「元気なおじいさんだよな」

「そうなんだよ。お父さんやお母さん以上にボクのことに干渉してきて、嫌じゃないんだけど、奏介君に見られるのは恥ずかし過ぎる」

「じゃあ、行くか」

 と、奏介がヒナの手を握った。

「へ?」

 奏介は照れ臭そうに視線をそらす。

「誰もいないからな。フリをするんだろ?」

 ヒナは口を半開きにして、

「……うん」

 奏介の手を握り返した。

「すれ違ったら、すぐ離すよ! 分かってるよね?」

「ああ、もちろん」

 ところで、と奏介が続ける。

「ヒナ、しばらく送り迎えしてもらった方が良いかもしれないぞ」

「え?」

「家のそばであいつの車を見たんだ」

「……確かに結構しつこそうだったしなぁ。使用人さん、やっぱり説得出来なかったのかな」

「気を付けろよ?」

「うん、分かってる」

 すると奏介は顎に手を当てた。

「でも警戒するだけじゃ危険はなくならないしな」

「てことは、やっぱり警察に動いてもらう?」

 ヒナがにやりと笑う。

「それもありかもな」

 お互いに視線をかわす。

「まぁ、まだ早計だ」

「うんうん、様子見だね」

 大通りに出て、奏介とヒナは手を離した。

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