第6話僧院ヒナルート5

 詩音やわかばと分かれた奏介とヒナは僧院家に向かっていた。

 呼べば迎えが来るらしいが、歩きたいとのことで。

「楽しみだねぇ、プール」

 水着の話題で詩音に火がついてしまい、近いうちに屋内の温水プールに行くことになったのだ。

「とりあえず、ボクダイエットしようかな。二週間もあれば一キロくらい落とせるんじゃない?」

「いや、あいつのことだから」

 と、奏介とヒナのスマホが鳴った。

 メッセージアプリを開くと。

『明後日の日曜日十時に駅集合!』

 ヒナは目を見開く。

「えっ、ちょっ、早っ! 明後日なの!?」

「明日じゃないだけ良いんじゃないか?」

「うー。しおちゃん。何考えてんの?」

 ヒナはがっくりと肩を落とした。

 ふと、気配を感じ奏介は後ろを振り返った。

「……」

「駅ビル出てからつけられてるよね」

 隣を見ると、ヒナが真剣な顔でこちらを見ていた。

「気づいてたのか」

「だってボク達に近づき過ぎると慌てて隠れたり、足音立てたりで尾行下手くそだよね」

「ああ、もしかすると屋上の奴とは別の」

「屋上?」

「いや、なんでもない。心当たりは?」

「さっきちらっと見えたんだけど、例のお見合い相手の来栖章彦(くるす)さんとこの使用人さんっぽいね」

 奏介はあきれ顔である。

「それはつまり、あの息子が使用人にヒナを見張るように頼んだってことか?」

「あはは、お坊っちゃまのワガママで業務外のことをやらされる使用人さんて感じだね。まぁ、害があるわけじゃないから、放っておいても良いけど」

 奏介は少し考えて、

「とりあえず、あいつ捕まえてそのお坊っちゃまに諦めるように言ってもらうか。今のうちに潰しておいた方が良いぞ」

「言うと思った。うん、了解。ボク囮やろうか?」

「ああ、頼む。この先の路地で挟み撃ちにするか。ちょっと入り組んでるから」

「オッケー、じゃあ、そこまで気づいてない振りだね」

 と、奏介がヒナの肩を抱いた。引き寄せられ、密着する。

「はい!?」

 慌てて奏介の顔を見上げる。

「何!? いきなりっ」

「偽恋人役頼んだの、ヒナだろ?」

「え、あ、うぅ、そうだけど」

「相手がいるって断るのが一番良いんだ。恋人役、やってやるよ」

 ヒナは顔を赤くする。

「う、嬉しいけど、嬉しいけどボクはお父様の前でって話をね?」

「! ヒナ、路地に飛び込んだら真っ直ぐ走れ。俺は陰に隠れて、あいつが通りすぎたら追うから」

「ああ、もうっ聞いてないし!  けど、了解っ」

 奏介とヒナは路地へと飛び込んだ。途中で奏介と分かれたヒナは言われた通り路地を真っ直ぐに走る。

 見失うまいと追いかけてくる使用人の初老の男性、そして、目の前に壁が現れた。慌てて足を止める。

 ヒナは体の向きを返る。

「大変ですね、執事さん?」

 肩で息をしながら歩いてきた彼は、上はシャツ、下はおそらく執事服のズボン姿だった。尾行するにあたって服装を崩したのだろう。

「申し訳、はあはぁ、ありません、僧院ヒナ様。うちの章彦(あきひこ)坊っちゃまがあなた様を心配して」

「いや、悪いけどたった一度お見合いした人に心配されたくないから」

 苦笑を浮かべながら言う。

 と、彼の後ろから足音が聞こえ始めた。

 使用人がびくりと肩を震わせて振り返る。

「悪いですけど、ヒナは俺と付き合ってるんで、来栖章彦さんにはそうお伝え頂けますか?」

 彼は挟まれたヒナと奏介を交互に見ると、肩を落とした。

「やはり、そうでしたか。仲睦まじい様子はまさに理想の恋人同士でしたから」

 ヒナは恥ずかしそうに視線をそらす。

「普通にそう見えちゃうんだ……」

 ぽつりと呟いたが、二人には気づかれなかったようだ。

「承知致しました。お伝えし、僧院ヒナ様との縁談は諦めるよう助言をさせていただきます。この度はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 しっかり九十度にお辞儀をする。

「いえ、面倒臭いことを頼んですみませんね。ありがとうございます」

 奏介が言うと、使用人は路地から通りへと戻っていく。

「あ! ありがとうございましたっ、よろしくお願いしますっ」

 振り返らなかったが、恐らく聞こえただろう。

「帰るか」

 奏介の言葉にヒナは頷いて歩み寄る。人前で交際宣言をさせてしまうことになるとは。申し訳なさが込み上げてくる。

「……ありがと。こんなこと頼んじゃってごめんね。なんか、ほんとごめん。君に好きな人がいたりしたら悪いよね。確認せずにこんな」

「そんな人がいたら先に断ってる」

 奏介はヒナの頭に手を置いた。

「ヒナらしくないぞ」

「……うん」

 奏介に手を引かれ、路地から通りへ戻ることになった。

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