第5話檜森リリスルート前編
※ヒナ以外の娘達は前編後編になっています。
理由は近況ノートを確認して頂けると助かります。
高校の卒業式が終わって数週間。檜森(ひもり)リリスは入学を控えた大学の前に来ていた。
「これは、通学が楽になりますね」
なんとなく呟く。この自宅から大学へは徒歩十分ほどなのだ。散歩がてら来てみたが、やはり電車を使わない登校は楽だろう。
と、メッセージアプリが音を立てた。
「あ」
入学前に集まろうという誘いだ。色々あった三年間、仲が良かった三人だ。良からぬ遊びもして、とんでもない罰を受けたことはあまり思い出したくない。
三人で刺激的な遊びはもうしないと誓い合った。
リリスは『OK』と返す。
「皆バラバラですけど、また四人で、ひいっ」
感傷に浸っていたというのに、それが目の前に立っていた。
「奇遇だな」
「すすすすす菅谷さん!?」
桜が舞い散る中の、ロマンチックな再会に、リリスは近くの街路樹の陰に隠れた。菅谷奏介(すがやそうすけ)である。
「お、お久しぶりでございます、菅谷様」
「今度は様付けか。いつ会っても情緒不安定だな、お前は。大丈夫か?」
「……」
リリスはそっと街路樹の陰から出た。
「あの、もしかして菅谷さん、この大学ですか?」
「そうだけど。あーなるほど。檜森の家、近いもんな」
「ひぅ!? なんで私の家を知ってるんですか!?」
「家に送ったことあるし、同じ小学校だっただろうが。それともなんだ? 小学校の頃の俺の存在は記憶から消したって?」
冷たい視線を向けられ、リリスは震えだした。
「そそそそそそんなことないですよ!?」
「そうか」
奏介は息を吐いて、
「それじゃ」
彼は手を振って、大学の中へ入っていく。
「え、どこ行くんですか?」
「学食は一般にも開放してるから見学がてら食べに行こうと思って。本当は誘われたんだけどな、そいつがこれなくなったんだ」
「学食……ですか」
「一緒に行くか?」
リリスは目を瞬かせる。
「ふえ?」
「無理にとは言わないぞ。興味があるなら」
「あ、じゃあ……お言葉に甘えて」
不思議とその誘いは嫌ではなかった。恐怖はあるものの、高校一年生のあの事件の後からは基本的に普通に接してくる。それどころか体調を気遣われたこともある。
「お互い、無事卒業出来てよかったな」
「あ、はい。おかげさまで。……また同じ学校になるんですね」
「ああ、小学生以来だな」
リリスは少しだけ躊躇って、
「あの、どうして許してくれたんですか?」
「ん?」
「小学生の頃のことです」
奏介は不思議そうに首を傾げる。
「別に許してないぞ。あんなことされて許すわけないだろ」
リリスは顔を引きつらせ、そっと距離をとった。
「でもまぁ、檜森は十分罰を受けたからな。これ以上は何もしないよ」
「そ、そうなんですか?」
「いつまでもぐちぐち恨んでても仕方ないだろ。そんなことに労力使いたくないし。例外はいるけどな」
「あ……」
やはり、小学生の頃の彼とは別人だ。
「素敵な考え方ですね」
「そうか?」
「あの、なんていうか、菅谷さんも魅力的になりましたよね。びっくりするくらい」
「いや……そうか?」
「そうですよ。なんかもう、怖いものないって感じで、堂々としていて」
「怖いものか。思いつかないな。なくはないと思うけど」
その後は学食で食事をしてそのまま分かれてしまった。
入学からの一ヶ月はあっという間だった。慣れない九十分の講義、サークル、ゼミ選択。
目まぐるしい日々の中で、時々奏介と出くわして、話をすることが多くなった。
とある日。
「ほら」
奏介から渡されたのは冷たい紅茶のペットボトルだった。大学のオープンスペースのベンチである。
先ほど同じ講義を受けていたらしく、廊下で会ったのだ。
「あ、ありがとうございます。……おいくらですか?」
奏介は呆れ顔だ。
「絶望的な顔で聞いてくるな。奢ってやるよ」
「い、良いんですか!?」
「……なんか虐待を受けてた子犬みたいだな」
生まれて初めておいしいミルクをもらってしっぽを振っている、的な。
「そういえば、檜森、この前あの四人で街歩いてたよな?」
「四人?」
奏介はにやりと笑う。
「ハートフルな告白ドッキリを企画してたお仲間だろ?」
「え、いや、その」
挙動不審である。
「なんだ、ほんとにまたお前ら、何か企んでるのか?」
リリスは首を横にブンブンと振る。
「違います、違いますよぉ。私達は二度とあんなことしないと誓い合ったんですっ」
「わかったわかった」
「うう」
リリスは泣きそうになりながら、紅茶をすする。
「分かってると思うけど、人の気持ちを考えないで行動をするのは良くないぞ?」
「もちろんです。……でも最近ちょっと悩みがあって」
「ん?」
「実は大学に入ってからも結構、告白というものをされまして。でも、菅谷さんのこともありますし、私には人と付き合う資格がないような気がしてお断りしてるんです。でも、断るのも失礼かなと、最近思いまして。私、私……どうしたら良いですか!?」
「どうしたらって、好きな人と付き合えば良いだろ。俺は檜森に、誰かと付き合うな、なんて言ってないぞ」
「それは、そうなんですけど、なんというか、好きという気持ちがわからなくなってまして」
「ドッキリのやりすぎで後遺症引きずってんのか?」
リリスは頭を抱える。
「うう、そうかもしれません」
「はぁ」
奏介はため息を一つ。
「あの、菅谷さんは彼女さんとかいるんですか?」
「いないけど、そういうの確認してから相談しろよ。俺は上手いアドバイスなんて出来ないぞ」
リリスはむうっと唸った。
「菅谷さん、モテるじゃないですか」
「そうでもないだろ。何を思ってそう言ってるのか知らないけど」
「お、女の子とよく一緒にいますよね?」
上目遣い。
「そうか? 俺、あんまり恋愛感情とか持たないからな。小学校の頃に色々あったからかもしれないけど」
「でも私に」
「ああ、そうか。女の子で唯一好きだと思ったのは、小学生の頃の檜森……だけかもな」
リリスは思わず口を半開きにした。
「……ふえ? わ、私だけ?」
「ああ、とんでもないフラれ方したから、最低最悪の思い出だけどな」
「申し訳ありませんでしたっ」
テーブルに額を強打。
「もう良いよ。まぁ、良い恋愛出来るように祈ってるよ」
リリスは少しだけ顔を赤くして、うつむいた。
「……ありがとうございます……」
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