橘旅館のアキちゃん

 僕の新しい通学路の途中に、一つの大きな旅館がある。

 温泉街のこの街では珍しいものではないが、最近引っ越してきた僕には特別その旅館に惹かれる理由があった。

 それはまさしく、アキちゃんだ。

 橘亜季ちゃん、今日も登校するギリギリまで旅館の前でお客さんを笑顔で見送っている。あぁ、可憐だ。

 勝手にアキちゃんと呼んでいるけど、実は一言も話したことはない。

 だって、隣のクラスだし。彼氏の噂とか聞かないし──。

 そう言い訳をしながら歩いていると、茂みの間から人が飛び出してきた。

「「わっ!」」

 唐突に眼前に現れた想い人に、一瞬焦点が合わなくなったが、ここは思い切って挨拶でもかましてやると開き直った。

「お、おは──」

「危ないやんかワレ、いてこましたろか!」

 お?


*****


「──いてこましたろか!」

 や、やった。初めて話せたで。

 これが運命ってやつやろか。

 あかん、顔も見れへんわ、走って学校行こ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る