閑話 工藤家の兄妹との出会い
あの兄妹は、人たらしもいいところだ。
石田葵は、ある日、腹立たしげに工藤家の兄妹の顔を思い浮かべていた。
***
特にやりたい事もなく、親が勧めるまま男子校に進学した葵。だが、男らしさとは対極の可愛らしい顔立ちだった葵は、入学してしばらくたった頃には、クラスメイトからいじめに近い扱いを受けるようになっていた。
さらに、部活の上級生のひとりから、好意を寄せられ、襲われそうになるなど、最悪の高校生活を送っていた。
ある日、その上級生に無理矢理腕を掴まれていた現場に、学校のエアコン工事に訪れていた陸が通りがかる。
泣きそうな顔の葵を見た陸は、鍛え上げられた腕力で上級生を締め上げる。
恐れをなして逃げる上級生。葵はショックでその場に座り込んでしまう。
大丈夫か、そう声をかけて手を差し伸べる陸。その瞬間、葵は陸に一目惚れのような感情を抱いたのだった。
校舎全体の工事だったため、陸は毎日学校に来ていた。葵は放課後になると陸を探し付き纏うようになり、最初は鬱陶しがっていた陸も情がわいたのか、弟のように可愛がってくれるようになった。
葵は長男だったので、密かにお兄ちゃんと言うものへの憧れもあったのだろう。
だが、工事も終わりを迎える。工事が最終日で、明日からはもう来ないということを伝えないまま、陸は学校に来なくなった。
陸を諦められなかった葵は、先生を問い詰め、どこの業者なのかを聞き出し、直接その会社へ行った。
そこは小さい工務店で、社長が直接葵の話を聞いてくれ、陸を呼び出してくれた。
陸は、葵の行動力に驚くが、こんなおっさんと仲良くなるんじゃなくて、もっと学校の友達を作りなと突き放すのだった。
陸に突き放されたことが悔しく、友達を作って見返してやる!と葵は、あの上級生がいる部活をやめ、違う部活に入る事にした。
そこでようやく葵は、自分を変な目で見る事なく仲良くしてくれる同級生や先輩に出会うことができた。
2年生になった葵は、学校で再び陸と遭遇する。
学校設備のメンテナンスに来ていた所だと言う陸。
葵は陸に、友達たくさんできたよと胸を張って報告する。すると陸は、よくやったなあと頭をワシワシと撫でてくれたのだった。
葵は、友達はできたけど、お兄ちゃんも欲しい、と陸に懇願する。
そんな葵に苦笑しつつも、仕方ねえなと、陸は言った。
それから葵は、陸の家にしょっちゅう上がり込むようになり、そこでちとせとも出会う。
他人を見る目が冷めていて、物理的にも精神的にも他人と一定以上近づこうとしないちとせ。兄の陸には多少気を許しているが、それでもあまり兄妹という雰囲気を感じない。そんなちとせに、なぜか興味がわく葵。
この子と絶対に友達になってやる、そう思った葵は、それからことあるごとにちとせに構うようになる。
最初は拒絶していたちとせだったが、あまりのしつこさに根負けし、少しずつ遊ぶようになる。
その頃にはもう、葵は自分に似合う可愛いファッションを身につけるようになっていて、まるで女友達のような関係になっていた。
ちとせの警戒心を解こうという意図もあったが、思いの外ハマってしまった葵は、それからどんどんと美しさに磨きをかけるようになっていった。
ちとせは相変わらず、葵以外に友達をつくろうとしなかった。葵は、自分だけがちとせに心開かれているという事実に、独占欲を満たされていた。
それは友情という枠をこえて、すでに恋のようでもあったが、その時の葵はそれを自覚さえしていなかった。
これが、葵と工藤家の兄妹との出会いの話である。
***
あの頃から、そして今も、葵は工藤家の兄妹という沼にはまっている。
(ほんと、人たらしもいいところだわ。)
そう思いながらも、葵の顔は気持ち悪いくらいにニヤニヤしているのだった。
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