第8話 友達の部屋
「お邪魔します……」
葵ちゃんに手を引かれるまま、私は葵ちゃんのうちまで来ていた。
「あらちとせちゃん!久しぶりじゃない!元気だった?さあさあ、入って入って!」
葵ちゃんのお母さんが、ニコニコ笑いながら出迎えてくれた。葵ちゃんは、あらかじめ私を連れて行くと連絡を入れていたとはいえ、出迎えの早さに驚く。
「お夕飯は済ませちゃったのよね?貰い物のお菓子があるんだけど、よかったら食べない?お茶と一緒に持って行くわ、ゆっくりしていってね!」
言い終えるとすぐに台所へと姿を消す葵ちゃんのお母さん。
いつ会っても、元気いっぱいでニコニコと話しかけてくれる。返事する隙がないのがちょっと困ったりするけれど。
「ごめんちとせ、うちの母さんいつもうるさくて。あの人、ちとせのこと大好きだから、かまいたくって仕方ないのよ。あんな娘が欲しかった!が口癖なんだから」
「ううん……いいお母さんだと思うよ、ほんと」
葵ちゃんちは3人兄弟。女の子がほしくて頑張ったけど、男の子ばっかりで!と前に葵ちゃんのお母さんが言っていたのを思い出す。
だからなのか、私が遊びに行くたびに、あれこれとおもてなしをされ、うちの娘にならない?と勧誘までされるようになっていた。
「あの人、あんたがちとせちゃんと結婚したらいいのよ!ってしつこいのよ……もう……」
葵ちゃんは私の手を引きながら、ぶつくさとお母さんへの苦情を呟く。
2階の葵ちゃんの部屋の前に着く。ドアを開けると、中へ連れ込まれる。
「……葵ちゃんの部屋に来るのも久しぶりだね、意外と変わってない」
「あんまりじろじろみないでよ、最低限しか片付いてないんだから」
「……む、じゃあなんで私を連れてきたの?」
「そりゃ、多少散らかってたって今さら幻滅することもないでしょ?」
言いながら葵ちゃんは、ここ座んなさい、とクッションのある場所を指した。
私は大人しくそこに座る。
と、そこへノックの音が聞こえた。
「葵入るわよ!あら意外と片付いてるじゃない……はいちとせちゃんこれどうぞ!紅茶でよかったわよね?おかわり欲しくなったら遠慮なくいってちょうだい!お菓子も、色々とあるから、好きなもの適当につまんでちょうだい!じゃ、ごゆっくり!……なんだったら泊まってってもいいのよ?うふふ!」
「は、はい……ありがとうございます」
いいわよーうふふ!という声を残し、ばたん!とドアが閉められる。
……まるで嵐のようだった。
嵐が去った後、テーブルの上には紅茶と、葵ちゃん用のコーヒー、そして山盛りのお菓子たちが残されている。
「……あの人、しょっちゅうお土産だのなんだのもらって帰ってくるのよね。これ、食べきれないお菓子全部持ってきたんじゃないの。好きなのあったら、遠慮なく持って帰ってくれていいから」
「う、うん。ありがとう……」
とりあえず一口、紅茶をいただく。いい香りと暖かさに、ほっとする。
「でも、ちとせがうちに来るの、何年振りだろ。高校卒業してから、外でしか会ってない気がする」
「そうだね……だって、葵ちゃんあんまり呼びたがらなくなったから」
「……そんなの、説明するまでもないでしょ。あんたたちいつ結婚するのよ!って言われるに決まってるのに、連れてくるわけないじゃない」
「ははは……そだね」
気まずい空気を感じる。
葵ちゃんは、私から見れば女の子の友達だけど、葵ちゃんのお母さんからすれば息子であって、つまり私とそういう……男女の関係を期待する……のも……仕方ないのだろうけど……。
だめだ。気づくと顔が熱くなっている。
最近、調子が狂ってばかりだ。葵ちゃんのことまで意識しちゃうとか、どうしたの私。
すると、葵ちゃんは、腰掛けていたベッドから立ち上がると、ちょっと待っててとだけ言い残し部屋を出ていった。
「う、うん……」
そうしてひとり残された私。昔、しょっちゅう遊びにきていたはずの部屋が、今はなんだか落ち着かない。
紅茶も飲み干して、お菓子をつまんでいると、ようやく葵ちゃんが戻ってきた。
「お待たせ」
「あ……」
部屋に戻ってきた葵ちゃんは、メイクも落としてスウェット姿、葵ちゃんから葵くんになっていた。
「あ、葵くん……水族館ぶり」
なぜか動揺してしまい、隠しきれない。
葵くんは、そんな私の背後に回ると、私を足で挟み込むように座った。
そして、私を両手でそっと抱きしめてきたではないか。
何も言えず固まる私の肩に、葵くんが顔を載せる。
「こうされるの、嫌?」
いつもの可愛らしい声じゃなく、地声のまま私の耳元で囁かれ、思わず体がビクッとなってしまう。
「ちょっと……そんなとこで喋らないで……くすぐったいよ」
半分涙目になりながら、私は言う。
でも葵くんは私から離れないまま。
「嫌ならやめるけど」
「うう……わかんない……なんか……頭が沸騰しそう……」
顔を手で覆うけど、ファミレスの時と同じように、葵くんの手で剥がされる。でもあの時と違い、そのまま優しく手を下ろされると、両手で私の手を包んでくる。
手も、背中も、葵くんが触れている全てが熱くてたまらない。
「しばらく、こうしてていい?」
その問いに、私はただ頷くことしかできなかった。
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