第6話 女の顔

篝さんを見送って、その姿が見えなくなった後、葵ちゃんはようやく私から離れた。

顔を覗き込むと、なんだか落ち込んでいるような、悲しんでるような、そんな表情が見えた。


「どうしたの葵ちゃん。今日の葵ちゃんちょっと変だよ。……体調悪いの?」

「違う……すねてるだけ」

「え、なんで」


何にすねることがあるのだろう。思い当たる点が見つからない。首をかしげて考えていると、葵ちゃんはむっとした顔になる。


「わかんないならいい!」


そう言うと、ひとりでスタスタと来た道を戻っていく。

その行動に、私の堪忍袋の緒が切れた。


「葵ちゃん!もう!言ってくれなきゃわかんないでしょ!」


私がそう言うと、葵ちゃんは足を止め、私を振り返る。その目には今にも溢れそうなくらいの涙がたまっている。


「だって……ちとせが取られちゃう……ぐす……」

「は……はい?」


想定外の事態で、飲み込めない。そうしてる間に、葵ちゃんの涙が溢れ出して頬を濡らす。私は慌ててハンカチを取り出しながら葵ちゃんに駆け寄り、その涙を拭いてあげる。


「もう、取られちゃうとか、私はおもちゃじゃないんだから。ああもう、せっかくの可愛い顔が台無しだよ」


なるべくメイクが崩れないよう優しく涙を拭いてあげる。メイク命の葵ちゃんが、崩れるのも気にしないなんて。


しばらくすると、落ち着いついたのか、葵ちゃんの涙が止まった。


「大丈夫?」

「うん……泣いたらちょっとすっきりしたかも……」

「それはよかった。……ねえ、葵ちゃん、ちょっと付き合ってくれる?」


そう言って私は、葵ちゃんの答えを待つことなく、手を引いて駅近くのファミレスへ向かった。


ファミレスは夕飯時ということもあって、とても賑やかだった。


私はメニューを、向かいに座る葵ちゃんに手渡す。


「なんでも頼んでいいから。今日は私のおごり!」

「……うん」


いつもの元気が嘘のよう。目の前にいるのは本当に葵ちゃんなのだろうか、と思ってしまう。


「ねえちとせ」


葵ちゃんは、メニューに視線を落としたまま、私の名前を呼ぶ。

私も注文用のタブレットをいじりながら、なあに?と返事をする。


「ちとせは、あの人と、キスしたいと思う?」


質問の意味が、分からなかった。何を聞かれたのだろう。

タブレットを操作する手が止まる。顔が上げられない。


「……待って葵ちゃん、ねえ、その質問、意味わからない」

「いい年した女が、分からない?」

「……なんで、そんな質問されるのか、わからない……」


異性として、男女の関係として、篝さんを見れるのか。それを葵ちゃんは知りたがっているのだろうか。

でも、それを考えること自体、いけない事のように感じてしまう。恋愛というものの中に自分の身を置くことへ、拒否感が湧き上がる。


「や、そんなわけ……ないよ……篝さん、お友達じゃない……考えたこともない……」


そう言って、恐る恐る顔をあげる。葵ちゃんは、真っ直ぐこちらを見ていた。綺麗な顔、私を見透かすような目、私はそこから目を逸らすことができない。


「……本当に?」

「なんで……本当だよ」

「……あの別れ際で、本当に?」


別れ際、篝さんとゆびきりをした時を思い出す。私は、その時の気持ちが蘇り、胸がドキッとした。


「顔に出てる。女の子じゃない……女の顔してる」


私は慌てて両手で顔を隠す。でも、葵ちゃんの手が伸びてきて、私の手首を掴むと、無理やりどかされた。


「その顔を、あの男がさせたんだと思うと……はらわたが煮えくりかえりそう」


私の手を掴む力が、強くなる。痛みに顔をしかめてしまう。やめて、そう言おうとした時だった。


「なんてね」


その一言と同時に、ぱっと手を離される。


「今日はこのくらいにしとこ」


そう言って、いたずらっぽく笑う葵ちゃん。私はただただポカンとしたまま、固まった。


「あーすっきりした!さ、頼も!何頼んでもいいんだよね?ふふふー、今日は食べまくるぞ!」


それから5分ほど、私はショックが抜けないまま、ポカンとしたままだった。

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