第4話 はんぶんこ

「本当に、それでいいんだな?」


お兄ちゃんが、睨みつけるような目をしながら聞いてくる。怒ってるのか、心配のしすぎで顔が険しくなってるのか、分からない。

どっちもなんだろうな、と思うけど、気にしない。

私は堂々と宣言する。


「……女にだって、二言はない!」


そう。今は絶対、迷う姿を見せたら駄目な時なのだ。


「なにより、お兄ちゃんは一番私の過去を知っているのに、私のことずっと面倒見てくれてたじゃない。もし私が思い出しても、お兄ちゃんが抱えてくれてたものを半分こするだけだよ?」


ね?とお兄ちゃんに笑いかけると、お兄ちゃんは驚いた顔でこっちを見る。


「抱え込まないでほしいよ。だって、私たち家族なんでしょ?」

「ちょっとちとせ、半分じゃないでしょ、三分の一!アタシも入れなさいよ!」


葵ちゃんが、握ったままの私の手をぶんぶん振りながら言ってくる。


「わかってるよ!……葵ちゃんも一緒!」

「うん、わかればよろしい!」


じゃれ合う私たちの様子に、お兄ちゃんは諦めたような顔をして、少し笑った。


「……分かった。もう俺は口出ししない。ちとせの決めた事を尊重する。でもな、もしちとせが泣くような事があったら……どうなるか分かってんな?」


お兄ちゃんに急に振られて、葵ちゃんは一瞬怯んだけど、私をぎゅっと抱きしめて、りっくんのいじめっ子!と言ってあっかんべーをした。

それがとてもおかしくて、声を出して笑ってしまった。


ふと篝さんを見ると、優しそうに笑う彼と視線が合い、それが急に照れ臭くなって、顔が赤くなってしまう。


「……ちとせさん、少しはお役に立てましたか?」

「あっ……、はい!ありがとうございます……助けられてばっかりですね私……本当に、ありがとうございます」


本当なら、こちらから出向くべき事なのに、わざわざ足を運んでくれた。いくら感謝してもし足りないくらいなのだ。


「いいえ、僕は背中を押しただけです。決めたのも、行動したのも、ちとせさん……あなたです」


そう言うと、篝さんは立ち上がる。


「では、僕はそろそろおいとまさせていただきます。……お兄さんにもお会いできてよかったです。ぜひ今度、一緒に飲みにでも行きましょう」


そう言って、お兄ちゃんに握手を求める篝さん。

お兄ちゃんはその手を握ると、いつもみたいに少しやんちゃな笑顔になる。


「俺でよければぜひ。……ちとせの事、頼みます。泣かせたら承知しないですが……ね」

「はい。その時は、好きなだけ殴ってもらって構いません。そうならないよう努力します」


そんな2人の姿に、ようやく私の肩から力が抜けた。


「篝さん、タクシー呼びますか?」


私がたずねると、篝さんは首を横に振る。


「いえ、大丈夫ですよ。今日は、電車に揺られたい気分なので」

「ふふ、そうなんですか?じゃあ、駅まで送らせて下さい」

「いいんですか?僕は嬉しいですけど……でも、もうこんな時間だ。ひとりで帰すのも危ないですから。大丈夫ですよ」


時計を見て、私を気遣う篝さん。

するとお兄ちゃんが、葵ちゃんに声をかける。


「葵、お前ちとせについてってやれ。それなら大丈夫だろ?」

「うん、まかせて!そうと決まれば、行くわよちとせ」

「あ、うん!じゃあ、篝さん、行きましょ?」


そして私たちは、家を出た。

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