第3話 信じたい
いつもはリラックスの場であったリビングが、いまだかつてないほどの緊張感に包まれている。
私と葵ちゃんは台所から、様子をただ黙ってのぞきこんでいる。
雰囲気に圧倒される私たち。恐怖をやわらげるため、2人で手を握り合っている。
リビングには、男性2人が向かい合って座っている。お兄ちゃん、そして……篝さん。
「わざわざお越し頂いて申し訳ない。ちとせの兄、工藤陸です。ちとせがいつもお世話になってます」
いつもと違う話し方に、ますます恐怖を感じる。……いや、葵ちゃんはときめいてるぞ!?
少し呆れながらも、いやそれどころじゃない!とお兄ちゃんたちに視線を戻す。
「いえ、ご招待いただけて嬉しいです。篝萌黄と申します。ちとせさんと、それに葵さんとも仲良くさせていただいてます」
自分の名前も出された瞬間、葵ちゃんが私の手を少し強く握ってきた。顔を見ると、なんとも言えないしかめっ面になっている。
(まだ仲良くなんかないわよっ)
(葵ちゃん静かにっ)
篝さんは、葵ちゃんの声が聞こえたかのように、こちらをちらっと見て微笑むと、またお兄ちゃんに向き直った。
(もーいけ好かないやつだこと!)
(葵ちゃん!)
「それで、今日はなぜ僕が呼ばれたのか、お聞きしていいですか?」
篝さんが切り出す。
お兄ちゃんに言われて、篝さんを招待したけれど、詳しい目的までは伝えてなかった。まあ、聞かなくても分かりますよ……って、篝さんは苦笑していたけど。
「篝さん、昔、うちのちとせを助けていただいたと聞きました。それなのに、うちの親がまともなお礼もせずいたと……本当に申し訳ない」
「いえ、僕は当然のことをしたまでです。それに、お父様からは丁寧なお手紙をいただきました。……内容は、あまり納得できませんでしたけどね」
(うわ……嫌味言うの早くない!?)
(もう、葵ちゃんってば!)
「……そうですか。でも、その点に関しては、俺の考えは父と同じです。篝さん、ちとせにはもう関わらないでいただきたい。俺は、わざわざ辛い記憶を思い出す可能性に触れて欲しくないんです」
やっぱり、お兄ちゃんはそう言うだろう。私のため、その一心で。
でも、篝さんは引かなかった。
「あなたのお考えは分かりました。ですが、ちとせさんはもう大人です。なぜ彼女の意思を無視するのですか?僕が、ちとせさんが記憶にない時の話をした時も、彼女は戸惑いはしていましたが、それでもしっかりと受け止めていた。
……あなたたちは、ちとせさんがどうしたいか、それを聞くべきでは?」
篝さんはそう言うと、こちらに顔を向ける。
「……ちとせさん。あなたは、どうしたいですか?」
篝さんの真剣な表情に、私は目を逸らせない。
「過去を……僕を切り離して、今まで通りの生活を送りますか?それとも……いつか思い出してもいいと、僕と同じ時間を過ごしてくれますか?
……もし、あなたが過去を思い出して苦しくなった時、僕は必ずあなたを支える。見捨てたりなんかしない」
私は、どう答えたらいいのだろう。うまく言葉が、気持ちが形にならない。
そんな私を、お兄ちゃんは眉間に皺を寄せて見てくる。
わかってんな、と言いたげな顔だ。
と、葵ちゃんが顔を寄せてきて、小声で私に言った。
「ちとせ、りっくんのことは気にしちゃだめ。自分の気持ちを言いなさいよ。アタシはいつでもあんたの味方よ。あんたがあんたでいる限り、アタシだって絶対見捨てない」
「葵ちゃん……」
背中を支えてくれる言葉に、私の気持ちは固まった。
「お兄ちゃん……私は、思い出すのも怖いし、思い出せないのも嫌だし、正直どっちがいいのかなんて分からない。でも、きっと、いつ思い出したとしても、大丈夫だって思う。
葵ちゃんも、篝さんも、見捨てないって言ってくれたから……私はその言葉を信じたい。
だから、お兄ちゃんも、私の言葉を信じてほしい。
私は大丈夫。何があっても、くじけたりなんかしない」
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