第2話 そこにある恐怖

「葵ちゃーん?ねえ葵ちゃんてば……いい加減元気出して?」

「……むり」


私の呼びかけに、まるであと5分で世界が滅亡する時の人みたいな反応しか返ってこない。


「うーん……たしかに恥ずかしいとは思うよ?でもよく考えてみて?お兄ちゃん、葵ちゃんのこと、今でもご飯に呼んでるじゃない……それって、葵ちゃんのこと嫌がってたらしないと思うよ?だからさ、大丈夫だって!ね?」


何が大丈夫なのかわからないけど、とにかく励ますしかない。

パンクしたタイヤに空気を入れるような虚しさだけど、穴が塞がるよう言葉を尽くすしかない。


「逆にそれって、脈なしってことじゃない……本気にされてないってことでしょ……まじウケる……」

「うっ……」


どうしたらいいのだろう。何言っても逆効果。葵ちゃんに励まされるばかりで、逆の立場になると私なんて何の役にも立たない……。

と、その時、視界にお兄ちゃんの姿が入った。こ、これだ!


「ちょっと待ってて葵ちゃん!」


私はそう言って、スマホのマイク部分を手で塞ぐと、お兄ちゃんに声をかけた。


「お兄ちゃんお願い!葵ちゃんに、元気が出る一言を!」


急な無茶振りをしてしまったが、もう私にはこれしかできることがない。背水の陣ってこういうことを言うのだ!

そんな私にお兄ちゃんは、は?と言った表情だったけど、少し考えてから、私からスマホを取り上げる。


「葵、どうした?あ?聞こえねえぞ?……酔った時のこと?……アホかあんな酔っぱらいの言ってることいちいち間に受けるわけねぇだろ!そんなことで嫌いになんてならねぇよ!……なんだお前、そんなことで泣いてんのか?心配すんな、何があっても俺はお前の兄ちゃんみたいなもんだからよ……見捨てたりするかよ」


葵ちゃんの声は聞こえなくても、お兄ちゃんの話す言葉で、なんとなく伝わってくる。

……元気、出てるといいな。


それからしばらく、お兄ちゃんは葵ちゃんと話してたけど、じゃあなと言って、私にスマホを返してきた。


「もういいの?」

「ああ」


そう言うと、お兄ちゃんはキッチンへ消えていく。

私はスマホに耳を当てる。


「もしもし、葵ちゃん」

「あ、ちとせ。なんかごめんね」

「うふふ、元気出た?」

「うん……出た、もう大丈夫」


ならよかった、と私はほっと胸を撫で下ろす。

と同時に、ふとあることに気づいた。

私は、スマホを下ろして、おそるおそる台所にいるお兄ちゃんにたずねた。


「お……お兄ちゃんって、いつからここにいた?」


声がうわずる。嫌な予感しかしない。

そしてその予感は見事に的中した。


「……お前が、もしもし葵ちゃん?どうしたの?って言ったところから、だが?」


私が電話に出た時の言葉を、そのまま説明するお兄ちゃん。


「あ……ああ……そ、そうなんだ……へー……」


そう返しつつ、私は、葵ちゃんとの会話内容を猛スピードで振り返った。

……ああ、これはだめだ。完全にだめなやつだ。

頭を抱えるしかない。

そんな私に、お兄ちゃんは追い討ちをかけてきた。


「ちょうどいい機会じゃねえか。詳しく聞かせてもらうとしようか……かがりさんとやらについて。いいよな」


有無を言わさぬその言葉に、私は、従うという選択肢しかなかった。

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