第5章 愛して愛されて

第1話 酒は飲んでも飲まれるな

私と葵ちゃん、そして篝さんの3人で、葵ちゃんの仕事場に行ってからしばらくしたある日、葵ちゃんから電話が来た。


「ちとせにひとつ報告があるんだけど……」


歯切れの悪い口調で話す葵ちゃん。


「報告?」

「気づかれた……りっくんに……あのこと」

「あのこと?」

「ほら……あの人から色々聞いたじゃない?だからアタシ、りっくんにも聞いたの。何か隠してることあるんじゃないのって?」

「え?葵ちゃんもお兄ちゃんに聞いたの?」


この間、お酒の勢いで、お兄ちゃんに色々聞こうとしていたのを思い出す。後半はよくおぼえてないけれど……。

そうだ、その日、お兄ちゃんは「葵に呼ばれたからちょっと出てくるわ」って言ってた。

そっか……お兄ちゃん、葵ちゃんと私に同じ事聞かれたから、うんざりしてたのか……。


「今思えば余計なことしてんなあって反省してる……ごめんちとせ」

「ううん、いいよ葵ちゃん。逆にうちの事情で気をつかわせちゃって……こっちこそごめんね」


そう。工藤家のお父さんお母さんがいる時、なんとも言えない雰囲気なのを、葵ちゃんは何回も見ていて、私に気を遣ってくれていたのを知っている。そして、余計なこと言わないで、そっとしておいてくれてたのも。


「ううん、ちとせ、それは違う。気を遣ってたとかそんないい話じゃない……それ以上踏み込むのが怖かっただけ。高校生のアタシには何もしてあげられなかった……って違う違う、今話したいのは別のこと!」


自分で自分につっこむ葵ちゃん。


「アタシ、りっくんのこと呼び出して、昔何があったか聞いて、でも教えてくれなくて……そのあとちとせも何かりっくんに聞いたんでしょ?だからか、お前ら何かあったのかって電話で聞かれて……結局、最近会ったって男となのかって気づかれた」

「それ、篝さんのことだよね?」

「そう。ちとせの記憶がない頃を知ってる人と会ったって、アタシが言ったから……」

「え?言ったの?」

「……てへぺろ」


可愛くごまかされた。むむむ。


「まあ、言っちゃったものは仕方ないけど……それで?その後どうなったの?」」

「切った」

「切った?」

「電話」

「電話を?」

「うん」

「……」


無言が続いた。


「だからどうしようかなって……ちとせさん?」

「どうしようって、そんなの私が知りたいよ!」

「りっくんの様子だと、これ以上ちとせに余計なこと知って欲しくなさそうだし、あの人と会うなって言ってくるに違いないわよ」

「うん……そんな気がする……」


お兄ちゃんの事だ、私が昔のことを思い出す可能性には絶対近付いて欲しくないと思ってるはず。

篝さんは、確実に、その近付いてはいけない存在そのものだ。


「……でも、ちとせは、どう思ってるの?あの人のこと。これで縁が切れてもいいのか、そうじゃないのか。それ次第で、これからどうするか決めなきゃいけないでしょ」


葵ちゃんに聞かれて、私は戸惑う。

私……篝さんのことを一体どう思ってるのか。

……正直言うと、考えたくなかった。お友達として、仲良くすればそれでいいって。それ以上のことは、考えたくない。だって、人の好意を、受け止めるのが……怖い。


「……考えたくないよ」

「どうして?」


葵ちゃんのその問いは、まるで私を突き放しているように聞こえた。

気のせいかと思ったけれど、続いた言葉に、そうじゃないと気づいた。


「アタシ……いっつも許せなかった。ちとせ、アタシがどんだけちとせを好きって言っても、絶対に信じてくれないんだもの。

今もそう、あの人は、ちとせを愛してる。分かる?……分かろうとしないよね?自分なんか好かれない、愛されない、そんなわけないって。ただ都合がいいから仲良くしてるだけの関係だって。そうじゃない?」

「ち……ちが……」

「違わない。ずっと一緒にいて見てきたからわかる。ちとせは、誰からの愛も信じてくれない。アタシ、それでも諦めたくなくて、しつこくちとせのそばにいつづけた。でもいい加減にしてよ……アタシがどんだけちとせを好きなのか……信じてよ……どうしたら信じてくれるの?」


泣いている。いつも笑ったり、怒ったりして、悲しむところなんて見せない葵ちゃんが。私は、とんでもないことをしたのだろうか、あまりのショックで、背筋どころか、体の全てが凍りつくような感覚に襲われた。


「な……泣かないでよ葵ちゃん……私なんかのために泣いちゃだめだよ……私なんか……」

「私なんかって言うな!ちとせのことだから泣くんじゃん!ちとせのこと……いちばん大好きな親友なのに……ずっと片思いなんだもん……つらいよお!!!」


号泣する葵ちゃんに、私はどうしたらいいかわからず、ただオロオロするしかない。


「……葵ちゃん、ごめん、そんなに悲しむなんて、私、思ってなかった、ごめん……ごめんね……だって、葵ちゃん、お兄ちゃんのことが好きだから私と仲良くしてるんだって思ってた……私なんておまけなんだって……ううっ……私だって、私だって、葵ちゃんのこと好きだよお……」


気づくと私もぼろぼろと泣いていた。

誰にもいえなかった。好きとか。何でなのかわからないけれど、境界線を越えるのが怖かった。その先に行ったら、拒否される。そんな辛い思いをするなら、近付いてはいけない。遠くから、傷つかないように見ていればいいと。

が、葵ちゃんは、その瞬間、急にすんと、泣くのをやめた。


「えっ……なにちとせ、アタシがりっくん好きなこと知ってたの!?」

「ぐすっ……え、だって、葵ちゃん、酔っ払うたびに言ってるよ?りっくん愛してる結婚しよって……」

「う……うそだ……ちとせ……冗談でしょ……あ……アタシそんなこと言ってたのお!?……死ぬ!!心が死んだ!!!恥ずかしすぎる!!!!もう無理い!!!!!!」


……てっきり、酔ったフリしてやってるんだと思ってた。

まさかの新事実に、私の涙はすっかり引っ込んでしまった。


「葵ちゃん……どんまい」


励ましの言葉に、葵ちゃんの返事が返ってくることはなかった……。

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