第4話 嘘は辛口
朝、休みだというのにいつも通りの時間に目が覚めてしまった。二度寝という気分でもなく、リビングに向かう。
(ちとせ、まだ起きてねえのか)
土曜の朝、いつもならこの時間には、ちとせはとっくに朝食も済ませ、テレビを見ているはず。
二日酔いだろうか。心配になって、ちとせの部屋前まで向かう。
部屋のドアをノックするが、返事はない。
「ノックしたからな……入るぞ?」
ドアを開け中をのぞくと、ちとせは上半身を起こしたままうめいている。
「うう……あたまいた……」
「二日酔いだな。水持ってくるか?」
「いいよ……自分でやる……」
そう言うと、のそのそとベッドから出るちとせ。
いつもそうだ、ちとせはなんでも自分でやろうとする。ちっとは甘えるのをおぼえてもいいんじゃねえの。
「気をつけて来いよ」
そう言って俺はリビングへ戻った。
冷蔵庫を漁って、適当に朝食を用意していると、ようやくちとせが姿をあらわした。
食器棚からコップを取り出すと、じっとこっちを見ている。
「何だよ」
「……麦茶、出したいから、待ってるの」
「なんだよ、それぐらい取ってやるって。ほら」
冷蔵庫から作り置きの麦茶を取り、ちとせに手渡す。
「ありがとう……」
麦茶を受け取ったちとせは、それをコップに注ぐでもなく、俺を見たまま動きを止めている。
「お兄ちゃん、なんか、いつもより優しい気がする……?」
語尾を疑問形にしながら、首をかしげるちとせ。
「何言ってんだ。俺はいつも優しいで評判だろうが。ほら、早く麦茶入れろ。しまうから」
「うん……ちょっと待って……はい、お願いします」
そう言うと、なぜかコップを差し出してくる。
「ちげえよ、ポットだろ」
「あ……ごめん、間違えた」
まだ目が覚めてないのか、ボケ具合が酷い。
やっとポットを受け取ると、冷蔵庫にしまう。
「ついでに朝メシ用意してやるよ。1人分も2人分も大した手間じゃねえし。……なんでもいいよな?」
「……じゃあ、分担しよ……目玉焼き食べたいから……私つくる」
いや、そんな寝ぼけてるやつに火を使わせられるわけない。
「いや、 お前は大人しく座って麦茶飲んでてくれ。寝ぼけてるやつにコンロ使わせて、家燃やされたらかなわん」
俺の言葉に、ふてくされた様子のちとせ。
だが、寝ぼけている自覚はあったようで、しぶしぶ頷くと、台所から出ていった。
麦茶を飲みながら、大人しくテレビを見始めるちとせ。その姿を確認してから、朝食の用意に戻る。
目玉焼き、納豆、かまぼこ、ひじきの煮物、ご飯、浅漬け、味付け海苔、ふりかけ、インスタント味噌汁。
それらをテーブルに並べる。
「とりあえず、あるもので。好きなの取って食べろよ」
「うん……ありがとう……いただきます」
そのまま、黙々と食事をする俺とちとせ。テレビの音声だけが部屋を賑やかにしている。
「ん、目玉焼きの固さ絶妙……お兄ちゃん、やるなあ」
「そりゃどうも」
醤油をかけた目玉焼きを、満足そうに食べているちとせ。作ったもんが喜んでもらえるってのはいいよな。目玉焼き程度だが。
ふと、ちとせが俺を半目で見ていることに気づく。
「何見てんだ、気色悪い」
「……口は悪いけど……料理もできるし……顔も悪くないのに……」
何か失礼なことを言われているようだが。
「お兄ちゃんの浮いた話ひとつも聞かない……」
「……アホか。そんな話、いちいち話すわけねえだろ」
正直なところ、付き合っても3ヶ月頃には面倒くさくなってしまい長く続いた試しがない。
「お前が嫁に行ったら考えるさ。ま、お前はまだお子ちゃまだからなあ、どうせ待つだけ無駄だろが」
「ふん、どうせお子ちゃまですよ。ほんと……恋愛とかわかんないし……私を待ってたら、お兄ちゃん、おじいちゃんになっちゃうね」
それでもいい、とは思うが、口には出せない。
「でも、お兄ちゃんにいい人ができたら、すぐ言ってね。一人暮らしする理由にもなるし……というか、もうそろそろ考えたほうがいいんだろうけどね……。いつまでも妹と同じ屋根の下なんて、相手の人も絶対嫌がるもん」
「ま、その時が来たらな、教えてやらんでもない」
「上からだなあ……でも絶対ね、約束!」
そう言うと、小指を突きつけてくるちとせ。
そんなのは守れない約束だ、それでも俺はちとせの小指に自分の小指を合わせる。
山ほど嘘をつく俺が、今更本当の事を言っても、行き先は地獄しかないのだから。
「あれ、やってくれるとは意外……今日のお兄ちゃんは本当に優しい……ま、いいや。指切りげんまん嘘ついたら……針は可哀想だし……激辛料理で!」
くっだらねえなあ、そう思いつつも、ちとせの笑顔につられて、俺も笑った。
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