第3話 クズな母親

すっかり寝てしまったちとせを、部屋のベッドまで運んで寝かせると、俺はまたリビングに戻った。


少しぬるくなった缶ビールを飲みながら、葵に電話してもいいかとLINEする。と、速攻で電話が来た。早えな。


「悪いな、遅くに」

「やだーいいわよ、りっくんの電話なら24時間年中無休で受け付けてるもの。で、なに?話してくれる気になった?」

「んなわけないだろ」


電話の向こうから舌打ちが聞こえる。


「じゃあなに、アタシの声でも聞きたくなったとか?」

「アホか。……さっき、ちとせにも、昔のことを聞かれたんだよ。……お前ら、一体何があった?」

「……タダで話すと思ってんの?」

「あ?取引しようってのか?いい度胸じゃねえか」

「やだーこわい。じゃあアタシも言わないんだから」


今度はこっちが舌打ちしてしまう。


「……分かった。ひとつだけ教えてやる。でも、ちとせにだけは絶対に言うな。言ったら、海に沈めてやる。……それでも聞くか?」

「おっかな!……うん、わかったよ、絶対に言わない」


割と本気で海に沈めるつもりで言ったが、それでも葵はひるまない。こいつ、こういう奴だったよな、と改めて思う。

俺は一呼吸おいてから、口を開く。


「ちとせの実の母親、あれは本当のクズだ。夫が病気で入院している間、ずっと別の男と不倫してたんだと。それどころか、ろくにちとせの世話もせず、ほぼ育児放棄状態だったんだとさ。しかも、金遣いも荒くて、俺の親父にもしょっちゅう金の無心に来て、お袋は心底毛嫌いしてたんだよ。

……な?とても聞かせられるような話じゃないだろ?」

「うへえ……そんな女から、ちとせみたいな天使が生まれたなんて、俄に信じがたいんですけど?」


天使は言い過ぎだろ、とは思うが、あの母親の遺伝子を受け継いでいるのに、まったく似たようなところがないのは確かだ。


「でも、そんなの、いくらでもごまかせたはずじゃない?優しいご両親だったんだよって感じで」

「……うちのお袋が毛嫌いしてたって言っただろ?いくら娘とはいえ、顔立ちが似てたからな、お袋はどうしてもちとせに対してよそよそしくなっちまった。あんなに苦手意識丸出しでいりゃ、親同士何かあったと思ってもおかしくねえよ。

……で?次はそっちの番だ。何があったか説明しろ」


俺は葵の説明を求めた。

だがそれは、俺が全く想定していない内容だった。


「ちとせを事故から助けた人から聞いたの……ちとせが忘れちゃってる時の話」


たしかに、事故にあったちとせを、現場近くの村の人が保護してくれていたとは聞いた。

だが、そこの人間が、どうやってふたりと会ったというんだ。


「意味がわからん。ちとせは事故のことさえおぼえてないんだぞ。それなのに、なんで会うようなことになってんだ!?」

「……これ以上は、追加料金が必要だけど?」

「は!?葵、お前ふざけんな!」


あまりにも吊り合わないだろう、こっちが話した内容より明らかに!


(……いや、ちょっと待て、そういえばこの間)


ふと、ちとせと葵とで鍋をやった時のことを思い出す。あの時の会話で出てきた男……まさか。


「ちとせ、最近男と会ってるって言ってなかったか?まさか、そいつが……?」


その途端、葵は何も言わなくなった。図星か。


「……しーらんぺったんごーりーら!!!じゃあおやすみ!!!」


謎の言葉を最後に、通話が切れた。

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