第2話 独り占めしたい

家に戻ると、ちとせがリビングのソファに座ってテレビを見ていた。

珍しく缶チューハイを飲んでいる。ちとせが酒を飲んでいるところを見たことがなかったので、少し驚いてしまう。飲み会で帰りが遅かった、というのも記憶にない。

と、俺に気づいたのか、ちとせが振り向いた。


「お兄ちゃんおかえりー」


ちとせは顔を真っ赤にしている。缶チューハイ一本でそこまでなるとは……飲み慣れてないにも程がある。


「おうただいま……酒飲んでんの、珍しいな」

「んー?なんか、飲んでないとやってられないぞー!って気分だったから」


いつもより少し饒舌なちとせ。ケラケラと楽しそうに笑っている。大丈夫かこいつ。


「……ちとせ、お前、なんかあったのか?」


葵といいちとせといい、どちらも様子がおかしい。何かあったとしか思えん。

普段はほとんど、そういうつっこんだ事を聞かないようにはしているが、今日はどうも調子が狂う。


「……うん、ちょっとね」


そう言うと、残りの缶チューハイを一気に飲み干すちとせ。

缶をテーブルに置き、2本目を開ける。ちびちびと飲み続けるだけの時間が過ぎる。

飲み過ぎるなよ、そう声をかけようとした時だった。


「ねえお兄ちゃん……私の本当のお父さんとお母さんのこと、知りたい」


やっぱりその事か。俺はうんざりすると同時に、ため息を吐いていた。

お前らは、俺が墓場まで持って行きたい事を、なぜ知りたがる?


(くそ、俺も飲まないとやってられん)


そう思い冷蔵庫に向かう。中からビールを取り出すと、ちとせの横に座る。

沈黙の中、缶を開ける音だけが響く。

半分ほど一気に飲むが、そんなすぐに酔えるものでもない。

どう答えるか考え、俺は口を開いた。


「……忘れた方がいいと思ったからだろう。今が良けりゃそれでいいじゃねえか」

「そうだけど……」

「俺は……お前が嫌な思いすんのが一番嫌なんだよ。忘れたいくらい辛い事を、今更知ってどうすんだ。俺は絶対言わないからな」


これで諦めてくれ、そう思った俺だった。

が、その直後、ちとせの目からぼろぼろと涙が流れだし、ぎょっとする。


「わかってるよお……みんなして必死に隠してるんだもん……絶対聞いちゃいけないんだってわかってるけどでも……思い出せない事の不安で頭がいっぱいになって……そういうのずっと抱えたままでいるのがいやだ……」


泣きながら必死で話したと思うと、2本目の缶チューハイをぐびぐび飲み出す。


「なのに……なんでおしえてくれないのお……」


こいつ完全に酔っている……泣き上戸そのものじゃねえか。

……こんな状態のちとせに言っても、伝わらない気しかしない。だが。

俺は泣きじゃくるちとせの頭を何度か撫でてから、そっと引き寄せる。


「俺がお前の兄ちゃんで、お前が俺の妹の、ふたりだけの家族、それでいいじゃねえか」


死んでまで苦しめるな。そう、ちとせの親に叫びたい気持ちに駆られる。

誰も手を差し伸べなかったちとせを、俺だけが守った。実の親を捨てる覚悟でだ。それでも、まだ足りないのか。

悔しさに唇を噛む。


その時、ちとせの体重が俺に寄りかかってきた。いつのまにか泣き止み、嗚咽も収まっている。


「どうした、眠くなったか?」


そう尋ねると、ちとせは小さく首を横に振り、小さく囁くように言った。


「……だめなの……お兄ちゃんは……私が独り占めしちゃだめなの……本当の妹じゃ……ないから……」


いい終えると同時に寝息が聞こえてきた。

泣きじゃくって寝るとか、子供かよ……。そう呆れつつも、俺はちとせの頭に顔を埋め、反論した。


「いいんだよ……俺は、お前を独り占めしたいとしか思ってないんだから……」


そして、ちとせの頭をもう一度、優しく撫でた。

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