第4章 仮の家族

第1話 妹

「りっくん、大事な話がある。ちょっと顔貸して」


とある日の夜だった。そんなLINEを葵からもらった。わかったと返事すると、近所の公園に呼び出される。

公園へ向かうと、いつものようなおちゃらけたような雰囲気がない、真面目な顔の葵がいた。


俺と葵は、ベンチに横並びで座る。


「何だ急に」


タバコに火をつけながら聞くと、葵は少し間を開けてから言う。


「昔、ちとせに何があったの?」

「…………」

「2人が本当の兄妹じゃないって以外に、もっと大切なこと隠してるんじゃないの?」

「……何も隠してねえよ」

「ほんとに?りっくんのお父さんもお母さんも、いつもちとせに対してよそよそしかった。ずっとおかしいなって思ってて、でも、聞けるような立場でもないし、ずっとモヤモヤしてた」


葵が、そこまで見ているとは、思ってもなかった。


「そりゃあ、親を亡くした可哀想な姪を引き取ったんだ、気ぃくらいつかうだろうよ。そんだけだ」


俺は吸っていたタバコを携帯灰皿に突っ込むと、立ち上がった。


「話はそんだけか?明日早いんだ、もう帰る」


引き止められるかと思ったが、葵は何も言わず、俺を見ているだけ。


「……なんだよ?」

「べーつに!!!……いつか口を割らせてやるんだから」


そう言って、葵は俺より先に帰ってしまう。

その背中を見送りながら、俺は小さく呟いた。


「本当のことなんて、言えるわけねえだろ……」


ちとせは、うちの父の妹の子だ。母親と自動車事故に遭い、ちとせだけが助かった。

ちとせは祖父母の家に住んでいたというが、祖父母や近隣の親戚全てが引き取ることを拒み、結局海外に住んでいたうちが引き取った。

……そうせざるを得なかったのだ。


ちとせの母親が、妻子ある男との別れ話に逆上し男をを手にかけ、挙句、娘と無理心中したのだから。


そんな女の娘が、同じ場所で生活し続けることがどんなに難しいか。


だが、うちに引き取られたことも、ちとせにとって良かったとは決して言えなかった。

俺の母親は、ちとせの母親とあまりうまくいっていなかったらしい。そのため、ちとせを引き取ることに表立って反対はしなかったものの、ちとせに対する態度はあからさまだった。

父も、母の気持ちを分かっていたから、進んで優しくはしなかった。母のいないところでだけ、気遣っていた程度だ。


結局、ちとせは人の顔色をうかがうような子になってしまった。そして何より、愛されなくて当然な人間だという自己評価を持ってしまった。


俺は、このままじゃいけないと、自立したと同時に、ちとせを連れて日本に戻った。あの両親から離さないと、取り返しがつかないことになると。

幸い、日本にも両親の持ち家があったから、そこで2人で暮らしはじめた。


高校に通いはじめたちとせは、違う学年の葵になぜかなつかれ、葵はしょっちゅううちに入り浸るようになった。


何ヶ月かに一度は、両親は俺の顔を見るという名目で日本に来ていたが、葵はきっとその時のちとせと両親の様子を見ていたんだろう。


だが、こんな事を葵に説明するわけにいかない。犯罪者の娘と知って、葵が今まで通りちとせとの関係を続ける保障などどこにもないのだ。

友達を作らないちとせの、唯一の友達を無くすようなことは、絶対にしてはならない。


(でもあいつ、何で急に知りたがったりしたんだ)


一抹の不安を感じつつ、俺は家へと戻った。

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