第4話 大人になっても

ちとせと僕との過去を話し終え、僕たちは店を出た。

僕はタクシーを呼び止め、ちとせには見えないようアイさんにタクシーチケットを手渡す。

ちとせは絶対に断ると思ったからだ。


「後は頼みます。これ、よければ使ってください」

「ありがたくいただくわ。後は任せて。ちゃんと家まで送るわ」


アイさんはちとせを先に車内に乗るよう促した後、こちらに向き直って言う。


「今日のこと、感謝するわ。ちとせ、ずっと昔何があったか知りたがってた。でも、あの家の人たち、ずっと口を閉ざしてた。アタシには何もしてあげられなかったから……。でも、それだけよ!基本的にアンタはアタシと敵対関係なんだからね、それだけは忘れないでよ!」


そう言って、アイさんも車内に乗り込む。

僕は車内を覗き込むと、少し申し訳なさそうなちとせと目が合う。僕は、ちとせに声をかける。


「気をつけて。また、連絡します」


そう言って手を振ると、ちとせははにかんで頷き、小さく手を振り返してくれる。その愛らしさに、思わず笑みがこぼれてしまう。……アイさんの厳しい視線が向くが、気づかないふりをする。

そのままタクシーはドアが閉まり、ゆっくりと発車していった。


タクシーの姿が見えなくなり、やっと肩の荷が降りたような感覚になった。

過去の話をして、ちとせがどう言う反応をするのか、それがずっと不安だった。でも、彼女は戸惑ってはいたが、僕を拒否するような様子は全く見せなかった。それがどれだけ僕の心を軽くしたか、彼女には分からないだろう。


僕はタクシーを拾う。自宅へ向かうまでの間、ちとせとの再会を思い出していた。


探偵からの報告の写真でしか見たことのない彼女の、大人になった姿。それを直接この目で見た時の喜び。今でも、その瞬間の感覚が忘れられないくらい、嬉しかった。

すぐそこに、触れられる距離に、ちとせがいたのだ。

あんなに小さくて頼りなかった女の子が、都会の人混みに流されることなく歩いている。それだけでたまらない気持ちになった。他人には当たり前にしか見えない光景でも、僕には全く違って見えたのだ。


それでも、不安はあった。大人になったちとせが、受け入れられないような人間になってしまっていたらどうしようと。

大人になるまでの時間は、人を良くも悪くも変えてしまうのだから。


でも、何度もLINEをし、デートをし(彼女にそんなつもりはなかっただろうけれど)、そのたびに、僕が思い描いていた以上に、素敵な女性になっていると分かった。

両親もなく、引き取られた先で肩身の狭い思いもしただろう彼女が、それでも折れずに真っ直ぐ育ったのだと思うと、胸が熱くなる。


そして、自分の期待する人であるかを心配していた僕の醜い心に、苦しみを覚えた。

僕は、何で愚かなんだろうと。

もう、二度と彼女を疑うことはしないと、強く誓った。


ねえ、ちとせ。君は、僕をもう一度選んでくれるかい?

僕は、君を幸せにするためなら、なんだってするよ。

君のためなら……なんだってする。

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