第3話 もう一度始めよう

「ちとせが村を出てから、僕はずっと手紙を待ちました。でも、ある日、僕の元に届いたのは、彼女のおじと名乗る方からの手紙でした」


その手紙には、ちとせを助けたことへの感謝と、村を出てからのちとせの事が書かれていた。


「村を出た後、ちとせは、母親が亡くなった事を聞かされたそうです。

……村の者が捜索して、ご遺体は見つけていたのですが、ちとせにショックを与えたくない一心で、僕はそれを伝えないままだったんです。

母親の死があまりにもショックだったのか、そのまま気を失って、目覚めた時には事故からの記憶を全て失っていたと、手紙にはありました」


僕の長い話を、2人はただ黙って聞いていた。

ちとせの表情は固く、受け入れ切れないといった様子だった。


「これが……僕とちとせとの出会いの全てです」

「そう……だったんですね」


ちとせが、息を吐くのもやっとという風に言った。

アイさんが彼女の背を、優しく撫でている。


「私……どうして母も父もいないのか、記憶がないんです。だから、母についてだけでも真実が知れて……よかった気がします。

義父母は、急に私を引き取ることになって、あまり良い顔をしていなかったから、両親のことを尋ねることさえできなかったんです……」

「……知っています。あなたが、僕の元から去ってから、どんな人生を送ったのか」


僕の言葉に、ちとせは驚く。


「それって、どういう……」

「手紙には、もう関わってくれるな、そう書いてありました。でも僕は、どうしてもあなたが気になって仕方なかったんだ。幸い、家には腐るほどのお金があった。探偵を定期的に雇って、あなたの事をずっと調べさせていたんです……まるでストーカーですよね。

でも、せめて僕が村を出る事ができる日まで、なんらかの形であなたを見守りたかった。

両親を説得して、5年だけ、東京へ行く事が許されました。でも、ある程度仕事が軌道に乗るまでは、あなたに会いに行くのはやめようと思い、必死で働きました。

……でも、偶然あなたを街中で見かけてしまった。思わず、体が動いていた」


その後は、知っての通りだろう。


「幸い、女性の装いをしていたので、必要以上に警戒されないよう女性のふりなんてしてしまいました……予定にない事をするもんじゃありませんね」

「……そんなに、ずっと私のことおぼえていてくれたのに、私、ちっとも思い出せない……ごめんなさい」


うなだれるちとせに、僕は首を横に振る。


「いいんです。それだけショックだったのでしょう……あなたの心を守るためにはそれしかなかったのかもしれない。それなら、僕のことなど忘れるくらい、なんともない」


僕は、ちとせの前に跪き、そっと手を取った。


「これからもう一度、始めましょう。たった2週間しか一緒にいれなかった僕に、もっとあなたとの時間を下さい」


ちとせはしばらく戸惑いの表情を見せていたが、頷いてくれた。


「ありがとう。僕は、必ず、あなたのご両親の分まで愛してみせます」


そう言った途端、ちとせはアイさんに抱きつかれた。そしてこちらをきっと睨むアイさん。


「アタシの目の黒いうちは、許しませんからね!!!」


アイさんのその一言に、ちとせと僕は笑った。

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