第9話 夜の蝶、再び
場所を変えましょう、そう言われた俺たちは今、ニューハーフキャバクラ夜の蝶にいる。
そう俺……じゃない、アタシの職場よ。
同伴として連れて行っていただければと言われ、VIPルームがいいとまで……マジかよ。
店に行く以上しっかりと着飾るべきだとは思ったが、準備もまったくしていないし、今日だけは大目に見てもらうことになった。
***
バカ高いシャンパンが並ぶテーブルを見ながら、アタシはゲンナリしていた。
「……こんな事されると、文句の一つも言えなくなるじゃない」
着てるもの、身に付けてるものを見る限り、金持ってそうだとは思ったけど、ここまでとは思ってなかった。
「気にしないで下さい。稼ぐ一方で使う機会もないので、こう言う時こそ使わないと」
……気にするっつーの。
「……葵ちゃんの職場、初めて来たけど、キラッキラしてるね……」
ちとせはキョロキョロウキウキしちゃって……まったく、子供か。
「で?説明、してくれるんでしょ?どうしてそこまでちとせに執着してるのか」
アタシは、作ったお酒をあの男の前に置く。
ありがとうございます、と言い、一口飲むと、男は話し始めた。
「ちとせさん、僕は前に、あなたと昔会ったことがあると言いましたよね?でも、あなたには覚えがないと。
多分そうだとは思っていました。だってあの時、あなたは事故に遭った直後だったから」
ちょっと待った、事故って……なんだそれ。
思わずちとせを見ると、ちとせも困惑している。
「お母様が運転されてた車が、山道でカーブを曲がりきれず、ガードレールを突き破った……僕はそう聞いています」
「……わ、私、その頃のこと、ほとんど記憶がなくて……兄も、あまり話したがらなかったから……」
ちとせの手が震えているのが見えて、アタシは咄嗟にちとせの手を握った。
「その事故の後、車から逃げ出しただろう女の子と出会った……それがちとせさん、あなたです。
僕はすぐに大人を呼び、ひとまず僕の家へと運ぶ事になった。あの辺り一帯の名士の家だったので、何かと都合が良かったんだと思います」
ちとせは、ぎゅっとアタシの手を握り返してくる。不安が伝わってくるかのよう。
「家お抱えの医者には診せて、ひとまずは心配なさそうだと言われましたが、目覚めないあなたを前にして、僕は不安でたまらなかったのを今でも鮮明に思い出します。
……その後、家の者が警察に連絡を入れたようですが、運が悪いことに急に天候が悪化して、唯一の道が崖崩れで通れなくなってしまったんです」
そこから、彼が、ちとせと過ごした短い日々の話が始まるのだった。
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