Re:discovery

@Ninomae999

第1話

パギーニャ

 エルフ語にすれば、郷愁とか、そういった言葉になるはずだ。だけど、あるエルフは違うと言った。理由は俺の中で翻訳できないから、とか言っていたけど。

「いや、これは翻訳できない言葉だ。この時間を過ごしたやつにしかわからないが、そうだ、確かにこの言葉はパギーニャでしか表せない」

 けど、いつかはなくなる言葉にすぎない。その時は、私たちがパギーニャをエルフ語で表すのであれば、似ているけど全く違う、という意味に置き換わっていく。

「無理矢理訳すことはできるがな、無理矢理訳したそれは魂が入っていないように思う。これだって、農耕で生きてきたヒューマンのための言葉で、狩猟で生きてきたエルフの言葉じゃない」

 それが言葉のいいところなんだ、と締めくくった。そして、思い出したように、

「なぁ、この言葉、なんて聞こえる? ニンダルケ、って言葉なんだが」

 ニンダルケ、そのままに言い返した。意味はよくわからない。この返答が嬉しかったのか、エルフはくつくつ笑い、

「そうか。エルフってのは、ご存知の通り長寿だ。だからか、昔のことを忘れてしまうことがよくある。何かを忘れている気がする、何かを思い出さないといけない気がする、そんな思いに胸を詰まらせることをそう言うんだ。そうか、これはエルフだけの言葉なんだな」

 ニンダルケ、最初は良い響きだと思ったけど、少し嫌いになった。それは、目の前のエルフがその言葉を説明するときに見せた表情が嫌いだったからだ。どこかの、身近にいるホビットの言葉や意味も知ろうとさえ思わなかったゴブリンの言葉に、今の気持ちを表す言葉があるのだろうか。ふと思った。

「ま、これも何かの縁だ。目的地まで送り届けようか。姫様?」

 そうして、私は、エルフと旅をする。


 綺麗な占領だった。とてもとても綺麗な占領だった。奴隷にはされず、代わりに教育を受けた。相当に質が高く、以前までは貴族でしか受けることができない程度に高度な教育。聞けば、エルフではとっくに誰もが受けている内容だそう。戦う前から負けていたのだと、改めて思った。

「これ、わかる人?」

 まばらながらも、元気な応答が上がる。実力主義を理解できた平民は、いずれ官吏になるのだろう。

 唯一の配情なのか、周りの席は貴族だった。以前であればありえない光景。貴族であろうと、平民であろうと。学び舎でさえも、私の隣に並び立てるものではなかったのに。

 教科書も、何年か前にやった内容だ。一点、内容がエルフ語で書かれていることを除けば。その甲斐もあってか、識字率は著しく右肩上がりだ。少なくとも、エルフ語を読み書きできないヒューマンの子供はいないほどに。

 とても緩やかな占領。エルフの言葉が、生活が、文化が、こびりつくのではなく、置き換わっていく。ヒューマンがエルフ語を話すことに誰もが気にしなくなっていく。

「今日はここまでにしましょう」

 気に食わない。以前なら、元気に手を挙げている隣の席の子に顔を顰めていた貴族は、今やエルフから顔を顰められる側だ。

「あ、姫!」

 お昼を告げる鐘の音を聞くこともなく、教室を飛び出した。供廻りを撒くための道は今では数えるほどしかなく、危険な道を通る経路が多い。流石にその道を使うのは気が引けたので、捕まる確率が一番低い道を選んで駆けていく。

 どうせ明日もまたこの忌々しいごった煮の教室で、知っている内容を知らない言語で受ける。最初は身分差なんてどうでもよかったのに、授業を受けるにつれ、遣る瀬無い敵意がそちらの方に向かっている。

 せめて今日は平穏でいようと駆ける足を速めた。










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