第6話 杞憂
ふらふらしながらも何とか窓際最後尾の自分の席に着く。教室内の賑やかな朝の喧騒も、どこか別世界の出来事に感じる。
今まで漫画を描いてきたことは、ずっと隠し通してきた。
にもかかわらず、元クラスメイトの
(私はさっきちゃんと否定したのだから、歌越さんもただの勘違いだと納得するはず。そうでなければ⋯⋯)
誰かが空気の入れ替えのために開けた窓の隙間から、冬の冷たい風が吹いてくる。蒼衣を容赦なく斬りつけるように、体を撫でていく。
(歌越さんは、あの推理を他の人にも話すかしら)
取り敢えず今のところ蒼衣にしか話していないようだが、何かの拍子で広まってしまったら⋯⋯。そう思うと心の内には絶望しかない。
「百木さーん」
(否定された話を広めるメリットなんて歌越さんにはないのだから、あの話はあれで終わった。終わったはずです)
「百木さん、聞こえてるー?」
右肩を叩かれた感触に気づき、蒼衣は顔を上げる。机の前には同じクラスの
「な、何か用ですか、星見さん」
「いや、何か教室に入って来た時から顔色悪かったから。具合でも悪いのかなと思って。顔も強張ってる気がするし、大丈夫?」
「え、えーっと、大丈夫です。今日は昨日より冷え込んでいる気がして⋯⋯。寒さが堪えてるのかもしれません」
適当に最もらしく返答をする。
「そう? 何でもないならいいんだけどね。確かに今日は寒いよねー。具合が悪くなったらいつでも言ってね。出来ることはするからさ」
保健委員の星見は蒼衣の体調が心配なようだ。
「星見さん、ありがとうございます。もしもの時は頼りにさせてもらいます」
「うん。ほんと、遠慮しなくていいからね。それにしても、百木さん噂になってるね」
「何が、ですか!?」
まさか青野桃花が自分だとバレたのかと、驚いて蒼衣は思わず席から立ち上がる。びっくりしたのか、星見が少し後ずさった。
「朝、二組の歌越さんと一緒にいたんでしょ。後輩たちが、『王子とお姉様が親密になってる』って騒いでたよ」
「あ、あぁ、そうですか。校舎まで一緒に来たものですから」
二人でいて目立ってしまったのは、蒼衣も感じていた。それだけのようで、そっと胸をなでおろす。
「百木さん、歌越さんと仲いいんだ?」
「仲がいいというか、去年同じクラスでしたから。久しぶりに話しただけなんですよ」
「それでも後輩から見たら、豪華な取り合わせだったみたいだね。すごいよね二人共」
何やら感銘を受けている星見も、百歌同様に王子様と呼ばれている一人である。星見は優しく面倒見がいい性格で、生徒たちの心を奪っている。最近は幼なじみと噂されている後輩とよく一緒にいるのを見かけた。
「みなさん、大袈裟なんですよ」
「謙遜しなくても〜。魅力的な二人だから注目されるんじゃないかな」
星見と話している間に、動悸もかなり静まり、不安も少ししぼんだように思う。自分は冷静さに欠けていたかもしれない。あの話は百歌としかしていないのだから、心配しすぎだ。
(念の為、また歌越さんに会ったらあのことは否定しておかなければ。それでこの話はおしまいです)
お昼になり、蒼衣が教室を出ると待ち構えていた後輩たちが寄ってきた。
「蒼衣お姉様、お昼ご一緒してもよろしいですか?」
「ええ、もちろんよ」
「やったー!」
「お姉様とお昼楽しみです」
嬉しそうににこにこする後輩たちは、いつ見ても心が癒やされる。まるで可愛い小鳥のようだ。
蒼衣はそんな小鳥たちと別棟にあるカフェテリアへと向かう。
「ところでお姉様、今朝は歌越先輩と一緒でしたよね」
「も、もしかして、歌越先輩とお姉様はお付き合いされてるのですか?」
「そんなわけないですよね?」
「歌越さんはただの元クラスメイトですよ。少しお話しただけです。付き合っているように見えたのかしら」
「そんなことはないです。でも、お似合いだって言う人もいるんですよ」
「二人が急にいなくなったから、密会するんじゃないかって⋯」
ある意味密会のようなことはした。また嫌なことを思い出しそうにになり、蒼衣はあの件は問題ないのだと、自分に言い聞かす。
「昔話に花を咲かせてしまって⋯⋯。歌越さんとは他愛もない話をしてしまいました。ただそれだけなんですよ」
「良かったです〜。お姉様が歌越先輩とお付き合いされてたら、どうしようかと思いました」
「私、正直お姉様には歌越先輩よりもっと相応しい方がいると思うんです!」
「歌越先輩はお姉様とはちょっと合いませんよね」
後輩たちは力説する。
「私はお姫様ではありませんから、王子様とは釣り合わないかしらね」
「そういうことではなく⋯⋯」
後輩は言い淀む。
「何と言いますか、歌越先輩はちょっと、チャラいと思います!」
「女の子を取っ替え引っ替えナンパしてるって聞きました!」
「お姉様には誠実で一途な人が似合うと思うんです」
どうやら自分を慕う後輩から百歌は若干不評なようだ。チャラいなどという言われように、蒼衣は笑うのだった。
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