第4話 歌越百歌という少女

 星花女子学園には学園の王子様と言ってもいい女の子たちが複数人いた。


 全国の女子校に一人や二人くらいはいるかもしれないが、何故か星花はその数が多かった。


 同性に王子様を求めてしまう女子が多いのか、自ら王子様を選んでしまう女子が多いのかは分からない。


 ただそんな存在が多い分、自身も王子様的存在に憧れたり、なってしまう機会が他校より多いのだろう。


 蒼衣あおいは学園に続く道を歩きながら、取り敢えず星花に王子様が多い理由の答えを出してみた。


 王子様な女子が多いのだから、これは漫画のネタに困らないと思いきや、多すぎて誰を参考にしていいか、却って困っていた。どの王子様もそれぞれに個性豊か過ぎて、明るくて朗らかな王子もいれば、静かでミステリアスな王子もいる。元気で威勢のいい王子もいれば、人を寄せ付けずひっそり慕われる王子もいる。


(うちの学校は小さな王国の集まりか何かなのかしら)


 朝の登校風景をぼんやり見つめながら、蒼衣はため息をついた。誰を参考にするにしても、どう話を組み立てていいのかピンと来ない。


(特定の誰かをモデルにしたら、当人にバレる可能性もありますね⋯⋯)


 学園内で自分の同人誌を読む者がいる以上、またその人たちの目に触れた時に、この登場人物は誰それに似てるなどと言われるようでは困る。


(上手い具合に全員を混ぜて一つにすれば⋯⋯)


 と思うがやはり個々のキャラが立ちすぎて、混ぜてもまとまりそうもなかった。


「おはよう! 百木ももきさん」


 考え事をしていた蒼衣の肩を叩く者がいた。振り返ると、そこに立っていたのは隣りのクラスの歌越うたこし百歌もかだった。去年は蒼衣と同じクラスだった。


 背の順の高い方にいる蒼衣よりも更に少し高い位置から、蒼衣を見つめる百歌の目があった。その目は初夏のきらきらと輝く日差しのように明るさに満ちている。


「おはようございます、歌越さん」


 蒼衣は眩しそうに百歌を見上げた。


(そう言えば歌越さんも王子様の一人でしたわね)


 と思い出す。


 百歌はよく後輩たちに囲まれてはきゃーきゃー言われているのをよく見かけた。


 合唱部に所属していて、歌うのが好きらしく、たまに歌を披露しているのも見かける。蒼衣からすれば人前で歌うなんて恥ずかしくて尻込みしてしまうが、百歌はそうではないらしい。名は体を現すとはよく言ったものだ。名前に「歌」が二つもついているだけある。


「百木さん、何か浮かない顔してるね。何か悩みでもあるの? ボクか聞こうか?」


 漫画なら背後に薔薇の花でも背負ってそうな笑顔で尋ねてくる。無駄に華やかな笑顔を見てなるほど、王子様だと慕われる理由が蒼衣にも分かった気がする。


「⋯⋯悩みなんてありませんので、気遣いは不要です」


 蒼衣はにべなく返す。百合アンソロで王子様をテーマに漫画を描くことになったが、どう描いていいか悩んでいる、などと本心が言えるわけがない。


「本当に? そうは見えないけどなぁ。でも百木さんがそう言うんだから、そうなんだろうなぁ」


 隣りで勝手に納得している百歌を見ながら、何気に鋭いところがあってどきりとする。


 蒼衣は精一杯、クールな面持ちで誤魔化しているというのに。


 歌越百歌という少女は華やかなだけではなく、観察眼まで持ち合わせているようだ。そんなところも慕われる要因の一つなのかもしれない。


「それにしても百木さん、今日も可愛いね。まるで雪原に可憐に咲くスノードロップだね」


 突然の歯が浮くような台詞に蒼衣は目を見開く。いくら後輩たちからお姉さまと慕われる蒼衣も、こんな台詞は滅多に言われない。


「どうしたんだい、百木さん。ボクはおかしなことを言ったかな?」


 蒼衣は言われ慣れないことを言われて、急に恥ずかしくなってきた。振り返れば歌越百歌はこういう人だったと思い出す。


 誰彼構わずに言われた側が照れくさくなるようなことを言い出すのだ。


「⋯⋯いえ、別に。⋯⋯私、スノードロップなんて柄じゃありません」 


「いやいや、そんなことないよ。百木さんは真冬の厳しい寒さに耐えて静かに咲く、スノードロップのような清廉な佇まいがあるよ」 


 王子様スマイルとでも命名したくなるように微笑んだ百歌は更に追い打ちをかけてくる。

 

「⋯⋯そうですか。ありがとうございます」


 百歌が嬉しそうに、にかっと笑う。


 何だが遊ばれてるんじゃないかという気がして、もっと毅然とした態度を取るべきだったのではないかと思える。


 食えない王子である。


 この王子にどんな態度で接するのが正解なのか蒼衣には分からなかった。


 何となく間が持たずに、百歌も話すことはなくなったのか黙って二人で学園まで歩みを進める。


(照れもせずに相手を派手に褒められるのも王子様に必要な要素なのかしら)


 隣りで鼻歌を歌いだした百歌をちらりと横目で見ながら蒼衣は考える。


(でも、さすがに歌越さんみたいな王子ひとはあちこちにはいないですし⋯⋯)


 百歌をモデルにしたら、すぐに元ネタがバレそうである。参考にするならもっと当たり障りがない王子を選ぶべきだ。


「百木さん、やっぱ何か悩んでないかい? ボクにはそう見えるよ」


 百歌は思いの外、真剣な表情で蒼衣の顔を覗き込む。


「⋯⋯気のせいです。私は何も悩んでいません。そう見えるのは寒いせいですよ。今日も冷えますね」


 誰にも言えないが、大して重いわけでもない悩みに気づかないでほしい。


 蒼衣は百歌を置いてゆくように足早に学園の門を通り抜けた。 

 


 


 

 

 

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