第6話・ベル・ガンドールの行方




「あの女が、あなたの奥さんだったんですね」


 ベルが下働きの男と出て行った後、入れ替わりに入ってきたのは、この間ワインを配達にきた男女だった。


「彼女の事、調べました。彼女とあの男は、昔からの付き合いらしいですね。この屋敷を辞めた使用人の方から聞いた話によると、彼女、あなたが出かけている間に、あの男を何度も引っ張り込んでいたらしいですよ」


「な、何だって?」


 配達人の男は、ベルを愛するこの僕に、信じられない事を言った。


「う、嘘だ! 僕は信じないぞ! 僕を愛しているベルが、そんな事をするはずないだろう!」


「あなたを愛してる? そう思うのはあなたの勝手ですが、じゃあ、どうして彼女はあなたを置いて出て行ったのかな? まぁ、俺たちにはどうでもいい事なんですけどね」


 どうでもいい事?

 なんて言い草だと僕は思った。

 だいたい、ただの配達人にどうして僕がこんな事を言われなくてはならないんだ!


「お前たち、一体何なんだ! たかが配達人のくせに、生意気だぞ! それに、どうして勝手に屋敷に入ってくるんだ! ここは僕の家だぞ! 出て行け!」


 僕はそう叫んで、出て行けとドアを指差した。

 だが、彼らは二人して首を横に降る。


「聞きたい事とお伝えしたい事がありますので、出て行きません。それに……」


「なんだよっ!」


「だいたい、この家は、ギルベルト様が、自分の姪であるベルのために用意したもの……。ベルを妻にしていないあなたには、ここに住む資格がないのでは?」


「何だと! お前、本当に生意気だな!」


「生意気で結構です。ところで、聞きたい事なのですが」


「なんだよ!」


「本物のベル・ガンドールは、どこに居るんですか?」


「え?」


「そ、そうだ、トマス! 教えてくれ、彼女はどこに居るんだ!」


 どうしてワインの配達人が、本物のベルの行方を聞いてくるのだろう?

 その事に驚いて固まった僕を、アラン兄さんが強く揺さぶった。


「教えてくれ、トマス! ベルはどこに居るんだ!」


「アランさん……」


「タイラー、マディ、弟が、すまない……」


 アラン兄さんは、ワインの配達人たちに謝った。

 この二人は、一体何者なのだろう?


「アラン、この方たちは、一体……」


 僕の気持ちを代弁するように、ウォルト兄さんが言った。


「彼らは、東の森の第一砦を守っている者だ。そして……二人とも、ベルの幼馴染なんだ」


「何だって?」


 僕は改めて、ただの配達人とばかり思っていた二人を見た。

 この二人がここに居るということは、もしかして、ギルベルト・ガンドールは、本物のベルが行方不明だということに、気付いたということなのではないだろうか。


「俺の名前は、タイラー・ダウソン。彼女は、マディ・ヒドルス。二人とも、ギルベルト様の元で、東の森の第一砦で魔物を狩っています。俺の父親はギルベルト様の右腕で、彼女の父親は砦の医者です」


 ただの配達人だとばかり思っていたのに、男が名乗った瞬間、父さんと母さん、そしてウォルト兄さんが緊張したのがわかった。

 彼らの父親は、父さんたちも名前を聞いた事があるくらい、かなりの大物なのかもしれない。


「俺とマディは、ギルベルト様から、ベルが王都でどんなふうに暮らしているのかを確認してくるように頼まれ、ここに来ました」


「ギルベルト様がお金を送っても、送られてくる手紙は、いつもトマスさんからのものだったから。そして手紙には、ベルはいつも体調が悪いって書いてある……。ギルベルト様は、ベルが手紙も書けないくらいに弱っているのではないかと、とても心配していたの……」


 ギルベルト・ガンドールへの手紙をいつも僕が書いていたのは、筆跡でバレないようにするためだった。


「わ、私のところにも、ベルの体の調子はどうなのだと、ギルベルト殿から何度も問い合わせがきていた。だが、確認に来ると、ベルは元気でお前と遊び歩いている……」


 父さんはそう言うと、力なく俯いた。

 すっかり騙されていた、と呟く。


「そうなんです。俺たちも、王都に来てそれを噂で知りました。俺たちはとても驚きました。だって、ベルは街で遊び歩くような女の子じゃないんです。それに……彼女が下品で、マナーを知らない人間だという噂も聞きました。そんな事はあり得ないんです。だって、ベルはギルベルト様が、どこに行っても恥ずかしくないマナーを身につけさせていたんだから……」


「あのベルがそんなひどい事を言われるはずがないもの……。絶対におかしいって、思った」


 タイラーとマディの言葉には、怒りが込められていた。

 大切な幼馴染を侮辱された怒りだ。

 それは彼らが知っているベルの事ではないけれど、周りはベルがすり替えられている事なんて知らないから、ベル・ガンドールがそういう人間だと思われていた事になる。

 僕は、彼らの怒りを感じ、震えながら話を聞いていた。


「俺とマディは、ベルが偽物なのではないかと思い始めました。それから、つい最近この屋敷を辞めたという人たちに話を聞いて、その様子から、この屋敷で暮らすベルが偽物だと確信しました。だけど、本物のベルがどこにいるのかという事は、わかりませんでした」


「ねぇ、トマスさん……。私たちの本物のベルは、どこに居るの? お願いだから、ベルを私たちに返して?」


 返す? そんな事、できるはずがない。

 ベルは、西の森の中に置いてきた。

 それは一年も前の事で、とっくに死んでしまっているだろう。

 だけど、僕はそれを口にするつもりはなかった。

 だって、それを知られたら、僕はきっと殺されてしまうだろうから。


「それは、僕にもわからない」


 僕がそう答えると、どうしてわからないのか、と聞かれた。


「わからないものは仕方がないだろう! わからないったらわからないんだ!」


 小さな子供みたいだけど、僕はわからないの一点張りで逃げる事にした。

 タイラーとマディは深いため息をつくと、父さんの方を向き、言った。


「俺とマディは、一度この事を報告しに、東の森の砦に戻ります。そして、コールド伯爵、これは重大な契約違反だと、オウンドーラ王にお伝えください」


「え?」


「多分、ベルが居ないこの国は、ギルベルト様にとって何の価値もない。国が大切なら、早く次の傭兵を探した方がいい」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! そんな重要な事を私に突然言われてもっ! 王に何て伝えればいいんだ!」


 父さんが真っ青になって言った。


「どう伝えればいいかわからない? ご自分のご子息が、ギルベルト・ガンドールの姪を別の女にすり替えて暮らしていたと、そのままお伝えになればいい。あなたにそれができないというのなら、俺たちからお伝えしましょう。その方が、話も早いでしょうからね。ちなみに、東の森の砦を守る者たちは、全てギルベルト様の決定に従いますので」


「ギルベルト様の怒りを鎮めたければ、本物のベルを、私たちに返して。多分、それが最低条件……」


「タイラーくん、マディくん、待ってくれ!」


 父さんの呼びかけを無視して、タイラーとマディは屋敷から出て行った。

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