第5話・ベルの裏切り
「あの……それって、どういう事なの?」
「どうもこうも、アランから聞いていたベルという娘と、お前の妻になったベルのイメージが違い過ぎたんだ。だが、お前はその娘をベルとして連れ帰り、俺たちに紹介した。だから、俺たちはずっとその娘がベル・ガンドールなのだと思い込んでいた。ねぇ、父上」
ウォルト兄さんの言葉に、あぁ、と父さんが頷いた。
父さんは暗い表情で俯いていて、母さんは父さんにしがみついて震えていた。
「父上宛に、ギルベルト殿からは何度も手紙を送って来られていたし、オウンドーラ王からも、ベルは何をしているんだって何度も問い合わせがあった……」
「え?」
まさか、ギルベルト・ガンドールが父さん宛に手紙を書いていたなんて、考えた事もなかった。
そして、オウンドーラ王からの問い合わせって、一体……。
「お前、本当に何も知らなかったんだな。まぁ、ベルが偽物なのだから知らなくても仕方ないかもしれないが、彼女には、この王都オフレンドに防御結界を張り、守るという役目があったんだ」
「え?」
「ギルベルト殿は、姪であるベルに、安全な場所で幸せになってもらいたかった。そして我がオウンドーラ王国は、この国の守りを強化したかった。そこで、両者の利害が一致した。オウンドーラ王国は、この王都オフレンドでのベルの身の安全と幸せを約束する代わりに、ギルベルト殿には命が尽きるまで東の森の砦で戦い続ける事を、ベルには王都オフレンドに防御結界を張り、守り続けるという契約を交わしたんだ」
「そ、そんなの、初耳だ!」
僕は思わず叫んでしまっていた。
だって、そんな事、全く知らなかったんだ。
「そんなの知らない! どうしてそんな大事な事を、僕に黙っていたのさ!」
「お前には、そんな契約の事を知らずに、ベルと愛し合って幸せになってもらいたかったんだ!」
そう叫んだのは、父さんだった。
「何を勝手な事を言っているのさ! 大体、この結婚を決めたのは、父さんじゃないか! 僕にはこのベルという、別に愛する人が居たっていうのに!」
「このベルという、別に愛する人、ね」
「え?」
ウォルト兄さんがため息をつき、呆れたように言ったのを聞いて、僕は我に返った。
もしかして、今僕は、ベルが偽物であるという事を証明するような事を、口にしてしまったのではないだろうか。
「はぁ、もう、本当に甘ちゃんなんだから」
次にため息をつき、呆れたように言ったのは、僕の隣に立つベルだった。
「ベル?」
「気安く名前を呼ばないでよ、この甘ったれのボンクラ……」
そう言ったベルは、冷ややかな目で僕を見つめ、また深いため息をついた。
「君の名前は、どうやら本当にベルと言うみたいだな」
そう言ったウォルト兄さんに、ベルは頷いた。
「えぇ、そうよ。だから、私がベルである事は間違いないの。ただ、ギルベルト・ガンドールの姪ではないけどね」
「で、君は誰なんだ」
「私は、ベル・ウェールズ。アンタの弟にしつこく口説かれて、結婚したのよ」
「ウェールズ? もしかして、あのウェールズ伯爵の娘か?」
ウォルト兄さんは、ベルの本名に反応した。
ウェールズ伯爵について、覚えていたらしい。
「えぇ、そうよ。アンタたちにだって昔は何度も会った事があるのに、全く気づかないなんて、本当に呑気でマヌケな一家ね」
そう言ったベルは、ウォルト兄さんを見て、馬鹿にしたように笑った。
「くそ、女狐め……トマスをたぶらかしたか」
「失礼ね。たぶらかしてなんかいないわ。ただ、この子が私のために、いろいろな事をしてくれただけよ。今回の事だって、この坊ちゃんの計画に乗っただけだもの」
「本物のベルはどうした」
「さぁ、どうなったかしら。私には、わからないわ。知りたければ、このお坊ちゃんから聞きなさいな」
首を傾げたベルは、僕を見てニヤリと笑う。
「計画とは何だ」
「うふふ、聞いた時にびっくりしたわ。まさか、こんな甘ったれな坊ちゃんがそんな事を思いつくなんて、てね。花嫁すり替え計画……私と結婚相手が同じ名前だから、思いついたみたいね」
「花嫁の、すり替えだって?」
「トマス、なんて事を!」
父さんは真っ青になって叫び、母さんは顔を覆って泣いていた。
「本物のベル・ガンドールがどうなったかなんて、知らないし興味なんてないわ。何をしたかは、その子に聞けばいい。だって、全部その甘ったれの坊ちゃんが計画したことだもの。ねぇ、トマス」
「ベルッ……」
「トマス、あなたと出会ってから、三年くらいかしら? 結婚してからのこの一年は、特に楽しかったわ。でも、バレてしまったからには、このママゴトも、もう終わりね」
そう言ったベルは、部屋を出て行こうとする。
僕はベルの腕を取り、引き止めた。
「どこに行くの、ベル!」
「この屋敷から出て行くわ。だって、もう私がギルベルト・ガンドールの姪でない事はバレてしまったしね。私の居場所は、ここにないでしょ」
僕は首を横に振った。
ベルの居場所なら、今も変わらずちゃんとある。
「そんな事ないよ、ベル! だって、僕が君の居場所なんだから!」
「やだぁ、トマス。もうママゴトは終わりよ」
ベルはそう言って笑うと、僕の手を振り払い、彼女の部屋へと戻っていった。
部屋へと戻ったベルは、しばらくすると大きな鞄を両手に持って出てきた。
「トマス、この三年間、あなたを楽しませてあげたお代として、買ってもらった物は、全て貰って行くわね」
「う、うん、それは全部君に買ってあげた物だから全部君の物だけど、ベル、どこにも行かないで。ねぇ、僕を愛してるでしょ? 僕とずっと一緒に居ようよ!」
僕がそう言うと、ベルは僕の顔を見つめ、足を止めた。
わかってくれたのかとホッと息をついたが、彼女は首を横に振る。
「えぇ、トマス。あなたを愛していたわ。あなたが私に贅沢をさせてくれる間は、ね。でも、もう終わりよ。あなたにはもう、私を満足させてくれるだけのお金は無いもの」
「そ、そんな事ないよ! ほ、ほら、またギルベルト・ガンドールから貰えばいいんだよ! 君のために、いくらでも催促してあげるから、だからっ!」
「トマス! お前、なんて事を!」
肩を掴まれたと思ったら、頰を殴られた。
僕を殴ったのは、ウォルト兄さんだった。
「本当、あんたって、馬鹿な子ね。じゃあね、トマス」
「ベル! 駄目だ! 行かないで!」
僕から離れていこうとするベルを止めようと、僕はウォルト兄さんを振り払い、ベルへと精一杯手を伸ばした。
だけど、僕の手はベルに届く前に、弾かれてしまった。
「何なんだよ、お前は! どけよ!」
僕は目の前に突然現れた男――下働きで雇っていた男を怒鳴りつけた。
だが下働きの男はベルの腰に手を回すと、
「もういいだろ、ボーヤ。ママゴトは終わりだ。俺の女は、返してもらう」
と言って、ニヤリと笑った。
「え?」
「あの日の後始末は、頼んだぜ、ボーヤ」
「じゃあね、トマス!」
男はベルが持っていた鞄の片方を持ち、もう片方の手でベルの腰を抱くと、二人で屋敷を出て行った。
後に残された僕は、男の言葉の意味を考えてーー男が何者なのかを、ようやく思い出した。
男は、あの結婚式の日に、王都から東の森の第一砦、砦から西の森、そして王都へと巡った時の、馬車の馭者だった。
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