第2話・偽物のベルの正体


 僕とベルは、外に出かける回数を減らしたが、その分余計に生活は派手になっていった。

 出かける回数を減らした分、ベルは外に出た時に溜まっていた鬱憤が爆発し、金遣いが荒くなってしまったのだ。

 そして、家に居る時には、酒の量が増えた。

 ベルはいつも酔っていて、ネグリジェ姿やドレスをだらしなく着た格好のまま、屋敷の中で騒いでいた。


 そんなある日の事ーー雇っていた使用人が、一度に五人も辞めたいと言い出した。

 突然の事にどうしてなのかと聞くと、彼らはベルにクビだと言われたのだという。


「お前たち、ベルに何かをしたのか? ベルの事は僕が宥めておくから、いつも通りに仕事を続けてくれ」


「トマス様、違います! この一年間、私たちはずっと我慢をしてきました。ベル様は、いくら東の森の砦で育ったからと言っても、品がなさすぎるのです! 私たちは、自分の仕事に誇りを持っています! それなのに、自分の主人があんな品のない方なのが、許せないのです!」


 そう言って顔を覆ったのは、この屋敷に住むようになってから、いつも僕らに優しかった、家政婦長だった。


「森の砦でのお育ちなら、マナーをご存知でなくても仕方がないのかもしれないと思いました。だから私たちは、ベル様が恥ずかしい思いをされないように、お教えしてきました。なのに……外ではちゃんとしているから大丈夫と言って、屋敷ではだらしない生活を続けてらっしゃいます! いつも酔っ払って、大声で叫んで、笑ってっ……声はいつも、外まで漏れております! 今日はあまりにひどいのでご忠告を致しましたら、物を投げつけられました。そして、うるさい、お前たちなんてクビ、です」


 そう言って、家政婦長は右手で左手首のあたりを撫でた。

 ベルが投げた物が、そこに当たったのかもしれなかった。


「私もそうです。毎日心を込めて料理を作っても、手づかみだったり、マナーを無視して動物のように食べる姿は、もう見たくないし、あなた方に料理を作りたくないです!」


 次に発言したのは、シェフだった。

 他にも、メイドや執事など、僕とベルの元で働きたくないと、訴える。


「わかったよ。だけど、みんなに出ていかれたら、僕が困るんだ。給料を、今の三倍出そう。これまで通りにここで働いてくれないか? お金はたくさんあるんだ、どうかな?」


 僕は、給料でみんなを釣ろうとした。

 だけど、彼らはみんな深いため息をつき、代表して執事が口を開いた。


「毎月ギルベルト・ガンドール様から送られてくる大金は、ギルベルト様が命をかけて東の森で魔物と戦って得られたお金です。私たちは、そんな大切なお金を、いくらあの方の姪だとはいえ、湯水のように使う貴方達を軽蔑しています。今回、ベル様が私たちにクビを言い渡さなくても、私たちは近いうちにここを辞めるつもりでした」


 そして、使用人たちは、出て行った。

 まだ何人か残ってはいるけれど、時間の問題かなと思う。


「ベル、使用人たちが出て行ってしまったよ。どうしようか」


 ベルの元へと向かい、使用人たちの事を伝えると、ベルは酔っ払ったまま、


「じゃあ、また別の使用人を雇えばいいじゃない」


 と言って、無邪気に笑った。


「だって、お金は、たーくさんあるんだもの! あ、でも、今度は口うるさい奴は、嫌よ? あの家政婦長、私に品が無いだの、マナーがなっていないだの、うるさかったの! 私だって、お父様とお母様が生きておられたら、立派な伯爵令嬢だったのにっ!」


 つい先程までご機嫌だったベルの目に、涙が浮かんだ。


「私だって、ちゃんとした令嬢になりたかったわ! だけど、令嬢としての教育を受けられなかったのだから、仕方ないじゃないっ!」


 ベルはそう言うと、顔を覆って大声で泣きだした。


「ベル、ベル、泣かないで! そうだね、今度は口うるさくない使用人を雇おう。ベルと仲良くできる子がいいね!」


 僕はベルを慰めながら、内心困ったものだと思った。

 だって、ベルが気に入って、彼女と仲良くできるような使用人は、使用人としてちゃんと働いてくれるかわからないから。






 僕が本来結婚するべきだったベルは、ベル・ガンドールーー東の森の第一砦を守る、ギルベルト・ガンドールの姪だった。


 だけど、僕が今一緒に暮らしているベルは、本名を、ベル・ウェールズと言い、ウェールズ伯爵の一人娘だった。


 ウェールズ伯爵は、昔事業で失敗をして借金を作り、追い詰められて夫婦揃って自らの命を絶ってしまった。 

 幼い一人娘のベルを、一人残して。

 その後ベルは、使用人に引き取られて、平民として暮らしていたらしい。


 僕がベルと再会したのは、今から三年前――僕が十八歳の時の事だった。

 王都にある、平民も行く事ができる図書館に行こうとした時だった。

 大通りで何やら騒ぎがあり、足を向けてーー彼女を見つけたのだ。


「今まで育ててやった恩も忘れて、我が儘ばかり言って! お前なんかもう知らん! 出ていけ!」


「元使用人の分際で何を言っているのよ! あんたなんか、元はうちの庭師じゃない! 偉そうにしないで! ウェールズ家で働いていたから、他の家でも雇ってもらえて、今の暮らしがあるんでしょ!」


「確かにそうだ! ウェールズ家で育てていた薔薇が評価されて、俺は他の屋敷で働けることになった。ウェールズ様には感謝してた。だから、一人になったお前を引き取って育ててやったんだ!」


「もと使用人のくせに、お前なんて言わないで! ベル様と言いなさい!」


 ベル! ウェールズ家のベル!

 僕はその名前を覚えていた。

 彼女は僕の初恋の女の子だったんだ!

 一つ年上の、目のぱっちりした可愛い女の子は、時々僕の家に遊びに来ていたけど、突然ぱたりと来なくなってしまった。

 とても悲しくてわんわん泣いたけど、ベルのお父様とお母様が亡くなってしまったから仕方ないのだと、親に聞かされた。

 ベルのお父様とお母様が亡くなってしまったのなら、ベルはどうしたのだろうと心配していたんだけど、庭師に引き取られていたみたいだ。

 僕は彼女の境遇に同情した。

 そして、庭師の男に家を追い出され、まだ石畳に座り込んだままの彼女に声をかけた。


「あの……ベル、なのかい? 僕はトマス。トマス・コールド。子供の頃に一緒に遊んだ事があるんだけど、覚えてない?」


「トマス? コールド家の? 覚えているわ! ほっぺたがプクプクの、可愛い男の子!」


「そうだよ、ベル! そのトマスだ!」


 会えなくなってから十年以上も経っているというのに、彼女が僕の事を覚えていてくれたのが、とても嬉しかった。

 彼女はとても綺麗に女らしくなっていて、僕は彼女に二度目の恋をして、再会したばかりだというのに、夢中になった。

 それから、住むところがなくなった彼女のために、家を借りてあげた。


 伯爵令息とはいえ、僕は三男。伯爵家を継げるとは思えない。

 おまけにあんまり体も丈夫でないから、すぐ上の兄のように王立騎士団に入る事もできないだろう。

 だから僕は、将来は平民として働いて、慎ましく暮らしていこうと思っていた。

 結構幼い頃からそう思っていたから、子供の頃からコツコツと貯金もしていたんだ。

 結構貯まっていたはずだから、ベルを養ってあげられるんじゃないかと思った。

 僕は彼女に再会した瞬間から、これからの人生を、ベルと一緒に生きていきたいと思ったんだ。


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