コールド伯爵令息の身勝手な愛は、一国を滅ぼす
明衣令央
第1章:トマス・コールド
第1話・愛する人との幸せな日々
僕、トマス・コールドは、愛する人と最高に幸せな生活を送っている。
「うふふ、トマス! ギルベルト伯父様から、またお金がたくさん届いたわ! ねぇ、新しいドレスを買いに行きましょう! そして美味しいものを食べに行きましょう!」
「あぁ、そうだね、ベル! もちろん構わないさ! 伯父上に感謝して、美味しいものを食べよう!」
「あぁ、トマス! あなたと一緒に生きていく事は、本当に私にとって幸せな事ばかりだわ! ありがとう、私を愛してくれて!」
「それは僕のセリフだよ、ベル! 僕が君とここで幸せに暮らせるのは、君がベルだからだ!」
「お金が少なくなったら、また私が病気になったって伯父様に手紙を書いてね! そうしたら、伯父様はまたたくさんお金を送ってくれるわ!」
「そうだね、今回も伯父上には、僕からお礼の手紙を書いておくよ! だけど、君の体調はまだあまり良くないと書いておこうかな。きっと、またお金を貰えるはずだから!」
「あぁ、トマス、愛しているわ」
「僕もだよ、ベル!」
僕とベルは抱き合い、口付け合った。
そして顔を見合わせると盛大に笑い、届けられた金貨を持って、馬車に乗って外出した。
ベルと結婚した僕は、このオウンドーラ王国の王とオフレンドの一等地に屋敷を貰い、何人もの使用人を雇い、働きもせずに、最高に贅沢で幸せな生活を送っていた。
毎日好きなだけ飲み食いし、遊び歩き、人に羨ましがられる生活だ。
え? どうしてこんな生活をできているのかって?
それは、コールド伯爵家の三男に生まれた僕が、父と国王、そしてベルの伯父上である、ギルベルト・ガンドールの願いを叶えたからなのさ。
東の森の第一砦を守る、ギルベルト・ガンドールの姪の、ベル・ガンドールと結婚をし、王都オフレンドに住み、ベルを幸せにする事――。
それが、父と国王、そしてギルベルト伯父上の願いであり、結婚の条件だった。
そして、結婚して一年、僕はベルの望みを叶え続け、最高に贅沢な幸せを与えて続けている。
つまり、僕らのこの幸せは、国から認められたものというわけなんだ。
僕の屋敷には、時折父や兄が、ベルとの結婚生活が順調かどうかを、確認しに訪れる。
今回訪ねてきたのは、長男のウォルト兄さんだった。
「やぁ、トマス、元気にやっているか? ベルは、しっかりと自分の務めを果たしているかい?」
「えぇ、元気にやっています。ベルも、しっかりと務めを果たしています」
そう答えながら、ベルの務めとは何だろうと僕は思った。
父や兄は、僕とベルの様子を見に来ると、必ず務めの事を聞いてくるんだ。
僕がベルと結婚する時の条件は、王都オフレンドに一緒に住んで、彼女を幸せにする事だったはずなんだけどなぁ。
でも、いつも聞かれるその務めというのは、きっと妻としての務めなのだろうと僕は思った。
妻としての務めなら、ベルは毎日しっかりと果たしてくれている。
今僕の隣にベルが居ないのは、毎晩行なっている夫婦の営みの名残で、ベッドから起き上がれないからだ。
だから、来客時にベルが僕の隣に居ないなんて事は良くある事。
でも、体裁もあんまり良くないし、慌ててしまうから、来る時には先に知らせておいてほしいんだけどなぁ。
「ところで、今日はベルは……」
そう言ったウォルト兄さんに、僕は苦笑した。
いつもの事だし、薄々気づいているはずなのに、言わせたいのかな?
「僕とベルは、まだまだ新婚なんですよ、兄さん。そのあたりは、察して下さいよ」
「そ、そうか。まぁ、二人とも若いから仕方がないのかもしれないが……だけど、務めに支障があってはいけない。ほどほどにした方がいいだろう」
「え?」
「どうした?」
「い、いや、何でもありません……」
変な奴だな、とウォルト兄さんは笑ったけど、僕は内心穏やかではなかった。
だって、今の話の流れからすると、ベルの務めというのは、妻としての務めではないようだったからだ。
しかも、かなり重要なもののような気がする。
「あの、兄さん……」
「なんだ?」
「ベルの務めっていうのは……」
一体何なのだろう?
ウォルト兄さんは知っているようだったから、教えてくれないだろうか。
そう思ったが、兄さんは教えてくれなかった。
逆に、
「まさか、お前、知らないのか? ベルは、務めを果たしていないのか?」
と聞き返されて、僕は慌てて首を横に振った。
務めを果たしていないと言えば、ただでは済まされない気がしたからだ。
「もちろん知っているよ。そうだね、大切な務めに支障が出てはいけない……気をつけるよ」
僕がそう言うと、あぁ、とウォルト兄さんは頷いた。
「あとな、トマス。お前たち、結婚してから派手に遊びすぎじゃないか? お前にはベルと王都で幸せに暮らすという役目があるが、それは毎日、仕事もせずに、金を湯水のように使って、遊び歩いていいというわけじゃないからな。お前たちが毎日遊び歩いているという噂は、俺だけでなく、父上の耳にも入っているぞ」
「う、うん、そうだね。だけど、ギルベルト伯父上が、ベルのために、たくさんお金を送ってくれるから……これは、二人で人生を楽しめばいいっていう事なのかなって思ってさ。ベルも、楽しいのが大好きだし」
「まぁ、ベルがそれを本当に望んでいるのなら仕方がないとも言えるが……。ギルベルト殿がお前たちに送ってくれる金が、何をして稼がれたものなのかを考えれば、普通は遊び回れないと思うがな」
ウォルト兄さんは呆れたようにそう言うと、帰っていった。
僕は、ベルの務めについてはわからないままだったが、遊び回る回数は少し減らした方がいいと考えた。
ベルは拗ねるかもしれないが、バレてしまうよりはいいだろう。
だって、僕の妻であるベルは、僕らにお金を送ってくれるギルベルト・ガンドールの姪ではないのだから。
ウォルト兄さんが帰った後、しばらくの間、外に出かける回数を減らそうと提案すると、案の定ベルは頰を膨らませて、拗ねてしまった。
「どうして? トマスは、私の事をもう愛していないの?」
そう言ったベルに、僕は首を振った。
愛していないはずがない。
逆に、愛しているから、ベルの事がバレないように、気をつけなくてはならないんだ。
「何、それ。わけわかんない」
「ほら、君が、ギルベルト・ガンドールの本当の姪じゃないってバレたら、もうお金を送ってもらえなくなるかもしれないだろう? 外に出かける回数を減らしてくれる代わりに、家では好きなようにしてくれたらいいからね」
「そうね。確かにお金を貰えなくなったら、困るものね。だって、ギルベルト伯父様は、私を本物の姪のベルだと思っているから、お金をたくさん送ってくれているのですもの。私とトマスのこの素敵な生活のためにも、私はギルベルト伯父様にとって、本物の姪でいなくてはいけないのだったわね」
「あぁ、そうだよ。わかってくれて嬉しいよ、僕の愛しいベル……愛しているよ……」
「トマス、私も愛してるわ……」
僕とベルは抱き合った。
そうして僕は、この愛しいベルと、彼女とのこの生活を守りきらなければならないと、改めて思ったんだ。
だって、僕とベルは、愛のため、そしてこの生活のために、大きな罪を犯したのだから。
僕とベルは、この生活を手に入れるために、本物のベル・ガンドールを殺したのだ。
我が国オウンドーラ王国は、北、東、西を岩山に囲まれており、南に向かって他国に続く街道が伸びている。
そしてその街道を挟んで、魔物の居る森が広がっていた。
その森の東側の第一砦を、ギルベルト・ガンドールが守っていた。
僕と本物のベルは、そこで結婚式を挙げたんだ。
そして、結婚式を終わった後、ベルを連れて新居がある王都オフレンドに移動する時、街道を越え、西の森の中に入っていったんだ。
そこで本物のベルを殺し、メイドの格好で同行していた、僕の愛するベルのすり替えを行うために。
西の森の中で、僕とベルは、ベル・ガンドールを殺そうとした。
だけどベル・ガンドールは僕らから逃げ出してしまった。
後を追おうとしたけれど、森の魔物が出てきて、ベル・ガンドールを追いかける事ができなかった。
僕らは、ベル・ガンドールを西の森に置き去りにして、街道へと逃げ、王都オフレンドへと戻ったんだ。
魔物の居る西の森に置き去りにされたベル・ガンドールは、きっと魔物に殺されてしまって、骨も残っていないだろう。
そして僕と僕のベルは、今の生活を手に入れたんだ。
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