第3話・新たな出会いと魔物の襲来
屋敷の使用人の事は、父にばれないように、こっそりとウォルト兄さんに相談をした。
ウォルト兄さんには、お前たちは何をしているのだと呆れられたが、使用人の手配をしてくれた。
だけど、一気に五人も辞めてしまったばかりだから、なかなか人が集まらなくて……なんとかシェフとメイド、それから雑用係の男を、新たな使用人として雇う事ができた。
シェフは三十代前半、メイドと雑用係の男は二十代半ばで、僕とベルよりも少し年上だった。
雑用係の男は、どこかで見たような気がしたんだけど……どこで会ったんだったっけ?
雑用係の男は僕と目が合うと、ニヤ、と笑う事があるから、どこかで会っている可能性があるとは思うんだけど、僕はまだそれを思い出せないまま、使用人の人数が減ってしまった分、以前より少し忙しい毎日を送っていた。
「はーい、ちょっと待ってー」
ドアがノックされ、来客を告げる。
僕は慌てて走って行って、ドアを開けた。
ドアの外に居たのは見かけない男女だったが、男が二つ、女が一つの木箱を抱えていた。
頼んでいたワインの配達に来てくれたようだった。
そして、軽々と木箱を持つ二人に、倉庫までワインを運ぶように頼み、僕は二人を屋敷の中に入れた。
この配達人、年齢は僕やベルと同じくらいに見えるけど、二人とも凄く体を鍛えている感じがした。
やはり、重い物を配達したりするだろうから、鍛えなければならないのだろうか。
「すごいお酒の量ですね」
倉庫に並べられたワインの瓶の量を見て、男が呟いた。
「ああ、妻が好きなんだ」
ベルは毎日ワインを飲んでいる。
今日は、三箱届けてもらったけど、また近い内に頼まなければならないだろう。
「あなたでなく、奥様が飲まれるの?」
不思議そうな顔の女の配達人に尋ねられ、僕は頷いた。
「え? どうして?」
何故か女はとても驚いたようだった。
「大きなお屋敷に、たくさんのお酒。あなたはお若いのに、とてもお金持ちなんですね。お仕事は、何をされているのですか?」
「ん? 仕事? 仕事は、していないんだ。でも、お金はあるから大丈夫だよ。代金はちゃんと支払えるから」
僕はそう言うと、ワインの代金分の金貨を男に渡した。
男は渡した金貨を見つめ、確かに、と呟く。
「また近い内に頼むと思う。その時は、よろしく」
「わかりました。酒屋の旦那さんに、そうお伝えしておきますね」
「あぁ、よろしく頼むよ」
配達人の二人が帰ると、
「トマス、誰か来てたのぉ?」
と、ベルがドレスの胸元を大きく開けた、良く言えばセクシー、悪く言えばだらしない姿で、姿を現した。
彼女は昼間から飲んでいて、とてもご機嫌だ。
僕の視線は、どうしても大きく開いた彼女の胸元に向けられてしまう。
だって、僕のベルはとても魅力的だから、仕方ないよね。
「頼んでいた荷物を届けてくれたんだ」
「そうなの? 何を買ったの?」
「今回は、ワインだよ」
「そうなの? うふふ、じゃあ飲みましょうよ! それで、今度のお出かけの予定を立てましょう! 私、アクセサリーが欲しいの! 指輪、ネックレス、ブローチ! ねぇ、見に行きましょう!」
そう言ったベルは、僕に抱きついてきた。
彼女から香る甘い香りに、くらくらする。
あぁ、可愛いベル。
君の望みを、何でも叶えてあげたい。
幸い、今の僕にはそれができるお金があった。
「あぁ、いいよ。君の好きな物を、買ってあげる」
「うふふ、ありがとう」
嬉しそうに笑ったベルは、僕の腕を引いた。
向かう先は、僕らの寝室。
あぁ、僕らはなんて幸せなのだろう。
その日は、朝から国中が騒がしかった。
いや、騒がしいどころじゃない。大パニックだ。
だって、朝からこの王都オフレンドに、魔物が入り込んで暴れているんだから。
このオウンドーラ王国は、北、東、西を岩山に囲まれている。
南に伸びる街道を挟む森に魔物が居るけれど、魔物は森の中にある第一砦、森を出たところにある第二砦、そして王都近くにある第三砦を守る兵士や傭兵たちによって、王都オフレンドに近づけないようになっていたはずだ。
なのに、この日は王都オフレンドに魔物が何匹も入り込んでいた。
砦が壊されたのだろうか……それとも、森から岩山に入り込んで、遠回りして王都へと入り込んだ?
「あれは……」
魔物たちをよく見ると、翼があった。
魔物の中には、空を飛べるものも居るらしい。
森を飛び越えて来たのかもしれない。
「早く、誰かがやっつけてくれないかな……」
他人事のようだが、魔物を倒す力がない僕には、他人事のようにしか思えなかった。
使用人たちに、せめて戸締まりをしっかりしろと言い回って、最後に寝室へと向かう。
昨夜もワインを飲みまくったベルは、幸せそうに眠っていた。
ああ、ここは幸せだな。
そんな事を思いながら、僕はベッドで気持ち良さそうに眠るベルの隣に潜り込んで、彼女を抱き締めて固く目を瞑った。
そして、どのくらい眠っていたのだろう。
ノックの音で、僕は目を覚ました。
「誰だい?」
ベルを起こさないようにベッドから抜け出して、僕はドアの向こうのいる誰かに声をかけた。
ノックをしたのは、メイドだった。
「ウォルト様がお見えになっています」
と言われ、僕は慌てて身なりを整えると、部屋を出た。
王都に入り込んだ魔物がどうなったのかとメイドに聞くと、僕がベルの隣で眠っていた間に、兵士や傭兵、冒険者たちによって倒されたとの事だった。
「トマス、無事だったか、良かった。ベルはどうした?」
心配そうに言ったウォルト兄さんに、自分もベルも無事だと僕は答えた。
「ベルはどうした! 何かあったのか?」
僕のそばにベルが居ないのが気になったのだろうか。
ベルは酔っ払って部屋で寝ているだけなんだけど、僕は少し考えて、言った。
「ベルは体調が悪くて、部屋で休んでいるんだ。さっきまで、僕が看病していた。突然現れた魔物のせいだ」
「そうか……」
「うん……」
本当は、酔っ払って部屋で寝ているだけだ。
まぁ、もしかすると、二日酔いにはなっているかもしれないけれど。
「ベルは、務めを果たしているんだな」
「うん。だから、休ませてあげたいんだ」
「わかった。父上にも伝えておく。ベルを労ってやってくれ。ところで、今度、アランが戻ってくる事になった。第ニ砦の警護中に怪我をしてしまったらしく、しばらくは家で休養するらしい。そうだな……来週の水曜日に、父上と母上と一緒に連れてくるよ」
「え? アラン兄さん、怪我をしたの? 大丈夫なの?」
「あぁ、なんとかな。でも、砦の仕事はきついらしくてな。しばらく休みも取っていなかったから、思い切って休む事にしたらしいんだ」
「わかったよ、ウォルト兄さん。アラン兄さんにはまだ、ベルを紹介出来ていなかったから、楽しみにしているよ」
いつ来るかという事を明確にしたのは、今度こそベルに用意をさせておけという事なんだろうな。
母も来るというから、今度は気をつけないとね。
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