最終話 個展ー開演
老夫婦に待たせてしまったことをお詫びし、続きの解説をする。老夫婦は満足してくれたのか、丁寧にお礼を言って個展会場を後にした。
その後も何組かに解説をして、ひと段落ついた頃。私の作品が飾っている部屋も人が減り、部屋の中を見守るだけとなった。
静かな会場は、なんとなく眠くて現実から意識が遠のくには十分な穏やかさがあった。
「ねえ、今お話ししても大丈夫かしら?」
客から声をかけられて、意識が現実へと戻された。
「はい、どんなご用でしょうか」
客の声はなんとなく聞いたことのあるような気がしたが、今はそれについては考えず、目の前の客の質問に答えるために、何を求めているかを探る。
「絵についてお話を聞きたくてね。このフライヤーの左の絵あなたがこの絵を描いたの?」
「はい。左が今この部屋に飾ってある最後の絵です。右の絵は一つ前の部屋に飾ってありますよ」
「最後の絵の大きい方は、別の画材を使っているのかしら」
「そうですね。左に飾ってある色鉛筆の絵が昔描いたもので、左がそれを新しく油絵にしたものです。・・・・・・あっ」
優しげに質問をしてくる客の服装、声、そして喋り方。さらに、懐かしそうに絵を眺めるその眼差し。ようやくその人が誰なのか理解した。
15年という時を重ねたその人は、衰えることなく、むしろ洗練された容姿と動作で周りを魅了していた。
同じ部屋にいる別の客たちがチラチラこちらを見ているのは、きっと魅了された人々だろう。
「お久しぶりです。お姉さん」
「また会ったわね。お嬢ちゃん」
○○○
個展の最後に飾られていた作品は、澄んだ湖にそれを取り囲む青々とした木々や草花。そして湖の真ん中には妖精が描いてある。妖精は金色の髪と虫の羽を持ち、淡いピンク色の花でできたドレスを着ている。
ドレスの裾をつまみ、片足をさげて挨拶をしているような姿はまるで中世の貴族のようだ。
その足元からは下から風が吹き上げ舞い上がった桜の花びらが描かれている。この花びらが、静の礼のはずなのに動きがあるようにも見せる。
左側には色鉛筆で描いたまだ成長の余地がある作品が。右側にはそれを描き直した、表現力も技術も成長した大きな油絵が飾られていた。
作品の作者のコメントにはこう示されていた。
「とある春の日、妖精のような人と出会った。この出会いは鮮烈で、幻想的で、今も私が作品を作る際に頭の片隅にある光景である。
私は、私が描きたくて、完成してみて良いと思った作品だけこの個展に飾っている(もちろん他人を傷つけないかは必ず考えている)。
絵を見ている皆様方には全ての絵を受け入れてもらえるとは思っていないが、これが私の描きたいものだ。
他人に評価される絵だけが自分にとって良いものではない。他人に評価されなくても、自分が良いと思える作品なら良いのではないか。これは知人から教わったことだが、絵を通してそれが伝われば幸いである。」
その作品の名は「開演」。
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