第12話 個展ー縁と縁

 再就職してから数年後、美大で出来た友人から連絡があった。その友人も絵が描くのが好きで美大に入学した元社会人で、芸術家になりたいわけではないから、美大を卒業してから再就職した人だ。


 連絡の内容はこうだった。


「今まで芸術家になりたいわけじゃなかったけど、自分の作品を眠らせておくのが惜しくなった。だから個展を開くことにしたのだが、家から近く良さげなところは全部の作品を飾ってもスペースが余ってしまう。もしよければ、個展に作品を飾ってくれないか」


 この友人は、私の作品を見たことのある子で、私が「自然と妖精」をテーマにずっと絵を描いていることを知っている。


 そして本人は「自然に飲み込まれた廃墟」をテーマとした絵を描いている。テーマは違えど、なんとなく似ていることから連絡があったのだろう。私は少し迷ってから個展に作品を出すという旨の返信をし、そこから一気に話が進み始めた。


 元々誘ったのは自分だと、友人が会場の手配から、SNSでの宣伝から、細かい物販の準備まで進めてくれて、私は個展開始前に作品を搬入するだけになりかけた。


 元々キビキビした子だったが、まさかここまで私が何もせずに当日を迎えるかもしれなくなるとは思ってもいなかった。せめて何か手伝えないかと、外に貼るポスターの作成と、中や外で配るフライヤーの作成を申し出て、なんとか貢献することができたのではないだろうか。


 個展は桜が満開を迎える時期に行われた。


借りた会場は二部屋に分かれていて、一部屋目は友人、二部屋目が私の作品を展示している。


 友人がSNSで個展を宣伝した成果もあって、大盛況とはいかずとも、まあまあ人が入っていた。


 私は自分の作品が飾ってある部屋で、作品の解説など客の相手をしていた。品のいい老夫婦に作品の意図を説明していたその時、友人の作品が展示してある一つ目の部屋でざわめきが起きる。


 何かトラブルが起きたのかと、老夫婦に断りを入れて見に行くと、そこには人だかりができていて、絵画の個展とは思えないほどの黄色い歓声で溢れていた。


「ねえあの人って」


「今日本に戻って来てたんだね! 確かワールドツアーしてる歌手のバックダンサーだったっけ?」


「ソロでも活動してるから、今回はバックダンサーしてるだけじゃない」


「すいません! あの、サインもらえますか?」


「ファンです! 握手してください!」


 一部屋目にいた三分の二くらいの人は中心にいるであろう人物を取り囲み、残りの三分の一の絵を見ている人たちは、それを迷惑そうにしていた。


 なんとかこの騒ぎを収めなければと、友人と声がけを始めようとしたその時、中心にいた人物が声を上げた。


「みんなありがとう。だけど、ここにはみんなに内緒で来てるの。バレないように、お願い」


 決して大声ではなく、可憐な声で語りかけるような話し方だったのに、取り囲んでいる人々はすぐに静かになった。


「ここは私の会場じゃないから。許可が取れたらサインも握手もするわ。ねぇ、お二人さん。ファンのお願いに答えてもいいかしら」


 いきなり話を振られて困惑している私の横で、友人はめずらしく緊張しているのか少し裏返った声で


「はいっ、どうぞ!」


 と答えた。


「ありがとうございます。それじゃあ、作品を見ている人たちの迷惑にならないように、みんな並んでくれる?」


 私たちも会場の主として、少しでも仕事をしなければと列形成を手伝った。だけどその人のファンたちは、私たちの手伝いなんて要らなかったんじゃないかというほど素早く列を形成した。


「ねえ、私も行ってきていい? 私、あの人のファンなの」


 友人が興奮気味に言った。


「いいと思うよ。騒ぎも収まったし、私は隣の部屋で対応してたお客様がいるから戻るね」


 友人は自分もどこからか持ち出した私物のサインペンと色紙がないから手帳を持って、列の最後尾に並んだ。

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