第10話 悩んだ先の成果と私たちの関係

 それから、何時間も書いたり消したりを繰り返して下書きを完成させたが、違和感が脳に警告を発し続ける。


 それでもこの絵は完成させなければと思った。一番手に馴染みのある色鉛筆を選び、思うがままに色を載せていった。さらに数時間後、ついに復帰後初の絵が完成したのだった。


「いや何描いてるのかわからない!! 小学生の頃よりはまぁ上達してるけど、何年ものブランクがのしかかってくるー!」


 どこかが歪んでいるのはわかったけど、どう直せばいいのかわからなかったし、色鉛筆の作品を検索してみると、写真なようにリアルなものから、温かい色味を発しているもの、同じような色でも少し違う色がたくさん使われていることでとても鮮やかな作品となっているものまでたくさんあった。


 まだ私では色鉛筆のポテンシャルを発揮できていないことがわかる。


 反省すべき点、直せる点は数えきれないほどある。でも、絵を描くこと自体は楽しかった。小学生の頃の気持ちが蘇っているのではないかとすら思う。


 よし。練習しよう。ネットで探せば、確か漫画家やイラストレーターが持っている人形があったはずだ。名前は、そうだ。デッサン人形。それを購入して見ながら書いてもっと人体に近づけよう。


 背景はもう直接外に出て風景画を描くことを繰り返すか。


 練習あるのみ。お姉さんも確か言っていたはずだ。「誰だって最初は拙いものから始まる。それを積み重ねて、積み重ねて、段々洗練されていく。何事も練習しなければ上達しない」と。


 もう学校が始まっているから、学校が終わってからしか練習ができないが、学校以外の時間はほとんど絵に費やした。


 お姉さんを見た時の第一印象が妖精だったから、妖精を描くことは絶対に決まっていた。だから、人間の体を練習して、虫の羽の模写をして、草花の模写をして。それを自己流にアレンジして組み合わせて自分の思う妖精を作り上げていった。


 そして数ヶ月後。ようやく人に見せられるほどの腕前になれたと思う。


 ようやく自分がいいと思うような作品が作れた。しかも、ずっとずっと、描くことは楽しかった。これはお姉さんの言葉通りならば100点なのではないだろうか。


(また公園に行ったらお姉さんに会えるかな?)


 この絵をお姉さんにも見せたいと思った。前に打ち明けた悩みが解決に向かっていると。お礼も兼ねて見てもらいたいのだ。


 だが、お姉さんとは約束して会っているわけでもなければ、互いの連絡先を知っているわけでもない。いつもの通り、偶然会うのを待つのみだ。


 わざわざ探し回って会うのも何か違う気がした。だからいつもの通り、いくつか決めてあるルートをいつもの通り散歩した。


「お姉さん!」


 約一週間後。ついに再会の時は来た。


 ようやくお目当ての人と遭遇できた嬉しさで、いつもより声が大きくなってしまう。


「お久しぶりです」


「久しぶりね。あれからずっと会わなかったけど、元気にしてた?」


「はい。お姉さんの言葉のおかげで、やりたいことができてます。ずっと会えたらこれを見せたいと思っていたんです。」


 そう言っていつか会えた時のために、公園に来るときは毎回持ち歩いていた絵をお姉さんに見せた。


「楽しんで描いて、それで自分でようやく納得のいった、自分が自分でいいと思えた作品です。あの日言葉をくれたお姉さんにどうしても見せたくて……」


「まあ、そうだったの。とても嬉しいわ。それにとても素敵な絵ね。自然がいっぱいで、真ん中にいるのは妖精かしら?」


「はい」


 お姉さんに見せた絵は、澄んだ湖にそれを取り囲む青々とした木々や草花。そして湖の真ん中には妖精がいる。妖精は金色の髪と虫の羽を持ち、淡いピンク色の花でできたドレスを着ている。


 ドレスの裾をつまみ、片足をさげて挨拶をしているような姿はまるで中世の貴族のようだ。

 

 その足元からは下から風が吹き上げ舞い上がった桜の花びらが描かれている。この花びらが、静の礼のはずなのに動きがあるようにも見せる。


「見せてくれてありがとう」

 

「いえ、お姉さんの言葉がなければこの作品は存在してません。だから、こちらこそありがとうございます。あの、これからも良かったら作品を見てくれませんか?」


「ごめんなさい。それはできないの」


 困ったようにお姉さんはそう言った。そして言葉を続ける。


「私ね、ようやく準備が終わってアメリカにダンス留学に行くの。仕事も辞めてきたわ。ここに来るのも今日で最後」


 今日で最後。今日たまたま歩いたルートで出会って、絵を見てもらえたのはどうやら奇跡だったようだ。


 もう二度と会えないかもしれないことを聞いた時、私は目頭が熱くなり自分が悲しいと思っていることに気づいた。悲しいと思えるほど、偶然から始まったこの関係が好きだったのだ。


「あ、あの、そしたら連絡先を交換しませんか?」


 お姉さんは少し言葉を選んでから言った。


「私たちは、お互いの名前も知らないで、お互い表現者の卵で、ただ偶然を重ねて何度もあっているじゃない? だから、これからもこんな関係で私はいたいわ」


 オブラートに包んでくれてはいるが、連絡先の交換を断られたことは分かった。嫌われていたのかとショックで言葉がうまく出ない私に、お姉さんは続けた。


「私たち、いつになるかはわからないけど、きっとまた出会える気がするの。その方が運命的だと思わない?」


 そう言ってお姉さんは咲き誇る桜のように華やかに、だけど優しく笑った。


「ひゃい」


 それは同じ女の私ですら惚れてしまいそうなほど美しかった。


 いつかまた出会える。言われてみればそんなことはないなんて言い切れないような縁を感じた。


 

 

 

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