第9話 悩みー解決への一歩

 自由帳や落書き帳の、まだ絵で埋まっていないページは運良く残っていた。色鉛筆は長さに差はあれど全ての色が残っている。削れば使えるだろう。水彩絵の具は色が欠けている上に使えるかはわからないが、描くために必要なものは大体揃っていた。


 私は机の上の勉強道具を適当に重ねて床に置き、代わりに画材を机の上に置いた。もちろん机の真ん中を陣取るのはこれからたくさんの色で埋める予定の紙である。これは自由帳を一枚剥ぎ取ったものだ。その周りには使えるように飾った色鉛筆と下書き用のシャープペンシルが並ぶ。


 とりあえず下書きを描いてみて、何で色を塗るかは後で決めようと思うが、おそらく色鉛筆を使うだろうという予感がしていた。水彩絵の具は使うのが久しぶりすぎてきっと自分が思っているような雰囲気が出せないだろうから。


 何年かぶりに絵を描くためにシャープペンシルを持った。さて、何を描こうか。やはり明確に何か描きたいものがないと筆がすまない。適当に線を引いてみてはしっくりこなくて消す。


 勢いだけでは描けないと思い出し、描くものが人なのか、動物なのか、それとも植物なのか、はたまた風景なのか。まずはそれから決めることにした。


(私が描きたいもの。最近印象に残ったもの・・・・・・。みた映画、散歩の途中の夜明けの瞬間、咲き誇っていた桜。どれもしっくりこないな)


 絵になりそうなもの、作品にできそうな題材はいくつか思い浮かんだがどれもこれじゃないと心が叫ぶ。


 考えれば考えるほど頭はごちゃごちゃで、焦りばかりが増大していく。冷や汗すら出てきそうだ。もう無理なのかもしれないと諦めかけたその瞬間、ぽつり。とひとつ。あの光景が脳内で蘇った。


「お姉さんだ!」


 初めて出会ったとき、桜に囲まれて、ふわふわのスカートで舞い踊る姿は、まるで春の妖精に出会ったのだと錯覚するほどであった。


 描きたいものは決まった。着実に作品の完成に近づいているという事実に心臓の音がいつもよりうるさく感じる。


 中心に書くものが決まった。さて、背景はどうしようか。あのときみたいな桜並木でもいいかもしれないが、風景をそのまま描くと私の中にある当時の衝撃と、目を奪われた幻想的光景が損なわれてしまう気がするのだ。あの日見たものは、本当の姿よりもずっと輝いて見えていたはずだから。


「幻想的といえば、ファンタジーのゲームや漫画の世界観、ファンタジーの世界観といえば……、自然が多い?」


 そうだ。妖精がいるのは自然の中。桜並木がインパクトに欠けるのではなく、人の手が加わった形跡の大きい道に敷き詰められた白のロッキングブロックが邪魔をしていたのだ。


 ロッキングブロックが景観を損ねているというわけではないが、今回私が描きたいものとは違う。


 これで全体像は決まった。シャープペンシルを持つ手が少し震える。上手く表現できるだろうか。描きたいものは書けるだろうか。あの目に焼きついた光景に、実体を持たせることはできるのだろうか。


『でも、自分が楽しくて自分が好きな作品を作れるなら、例え周りから見て上等なものだと評価されないものでも価値はあると思うわ。だって、作った本人がその作品をいいものだと思っているのだから』


 決してプラス思考とはいえないもやもやとプレッシャーに囚われ始めたとき、ふとお姉さんの言葉を思い出した。


 そうだ。自分が楽しく描いて、それを自分が価値あるものと感じることができればそれでいいと教わったではないか。


 きっと自分が納得した上で、他人からの評価までついてきたらもう最高というわけなのかもしれない。自分だけが満足して終わりならば、人々は世に作品を出そうとはしないだろう。


 まずは自分が楽しもう。気を取り直してシャープペンシルを握り直した。


 


 

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