第8話 悩みー開けた解決への道
「周りに上手い人がいるとへこむのはわかるわ。比べる必要がなくても比べちゃうのもね」
私も他人と比べてスランプに陥ったことがあるわ、とお姉さんはその時のことも話してくれた。スランプは辛いものだがもう乗り切ったと、側から聞いているだけでも苦しんだことが伝わってくるような話を、まるで貴重な体験をしたというような口ぶりで話している。
そして、その経験通じて得たお姉さんなりの考えをほんのちょっぴり胸を張って、主張した。
「でも、自分が楽しくて自分が好きな作品を作れるなら、例え周りから見て上等なものだと評価されないものでも価値はあると思うわ。だって、作った本人がその作品をいいものだと思っているのだから」
とても前向きな言葉だと思った。他人から見て価値はなくても、自分がいいと思ったならばそれに価値はある。きっとこのような考えで、ずっと表現を続けてきた人がいつしか自分が表現したいものを自由自在に表現できるようになっていくのだろう。
私はまだスタートラインに立っているかすら怪しかったのだ。
「だからね、表現する方法がわからなくても、何を表現したいかわからなくても、まず何でもいいから自分ができる方法でやってみたらいいと思うな」
「はい。確かに、何も行動してないのに頭で考えているだけで自分が何を表現したいか、分かるのは多分難しいですよね。お姉さんと話して、ちょっと先が見えた気がします」
「それは良かったわ」
「今日はちょうど休日だから、家に帰って早速描いてみようかと」
「頑張ってね」
まずはやってみたらいい。そう思えたらなんだか今すぐにでも絵を描きたくなってきた。
思い立ったが吉日と、慌ただしくお姉さんに別れを告げ、いつもよりも確実に早足で自分の家を目指す。
急いでドアを開けたから、少し乱暴になってしまった。振り返って静かに閉める暇はない。ガチャンと音を立てて閉まった扉がきちんと隙間なく閉まっているのか確認する暇すら惜しい。
靴は脱ぎ捨て、手洗いもうがいもせずに自室へと急ぐ。部屋に着いたら、自分の記憶との勝負だ。もう最近絵は描いていないのだから、当然道具はどこかにしまわれて長い。
机の中。
——違う
片付ける時に途中で飽きて、残っていたものをとりあえずまとめた箱の中。
——違う
クローゼットの中のダンボールのどれか
——違う
段ボールを片っ端から開けて中を見ても画材らしきものは見つからない。
(どこ? どこなの? せっかく道が見えたと思ったのに!)
焦る頭は可能性の幅を狭める。もう探したところばかりに目がいき、同じところを探しては見つからないと繰り返す。
「ああ、もう!」
座り込んで思いっきり頭をグシャリと両手で掴んだ。私の周りには開けた段ボールや引っ張り出した机の中身でいっぱいになっていた。
(まだ探していない所はどこ?)
未だ焦りが脳内を侵食する中、自分を中心に乱雑にものが置かれた空間を見回すと、ふと机の下にある古い紙袋が目に止まった。
机の下の陰で埃をかぶっている。洋服なんかを持って帰る時に使うような少し大きめのものだ。口の部分は綺麗に折りたたんで中身が見えないようにしてある。
私はそれを机の下から引っ張り出し、埃をティッシュで拭いてから、ゆっくりと開けた。
そこに入っていたのは昔使っていた自由帳や落書き帳、色鉛筆、水彩絵具セットだった。
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