第3話 ファンになりました


「でも、私はこの前、あなたがわざわざ朝早くに人がいないところで撮影しているところを、何分も見てしまいました。ごめんなさい。これはあなたが怒る理由にはならないんですか?」


「ふふっ。そんなこと気にしてたんだ。あ、だから次の日からぱったり来なくなっちゃったの? いいのよそんなこと。朝早く、人があまり通らない場所で撮影していたのは通行の邪魔にならないようにするため。あとは、撮影に気付かなかった人に横切られたりされないためかな」


 女性は早くから撮影していた理由を指折り数える。


「だから、お嬢ちゃんにみられたことは私が怒る理由にはならない。むしろうれしかったのよ? あんな目に見えて魅入ってくれちゃって。それだけ私のダンスに惹かれたってことでしょう」


「はい。私はあなたを見た時、春の妖精を見たのかと思いました。とても優雅で、上品でまるでこの世のものとは思えないくらい美しかったです」


 数日たった今でもあの日の光景は鮮明に思い出せる。目に焼き付いているのだ。しなやかに伸びる腕。ふわりふわりと風に遊ぶスカート。春の妖精がたわむれに舞い踊っている場面にうっかり遭遇したのかとさえ思っていた。


 どうやら、相手は人間のようで良かった。妖精のような、存在するかも不確定な存在に遭遇したうえに、その怒りを買ってどうにかなるなんて御免だ。


「そこまでまっすぐに褒められると照れるな……」


「あの、今日は撮影しないんですか」


 撮影を見てしまったことに関して怒っていないのならば、もう一度あの舞い踊る姿を見ることが出来るかもしれない。その可能性があるのだ。


「もう一度、踊りを見せてもらってもいいですか」


 緊張と恥ずかしさに顔が真っ赤になって熱くなり、目には涙の膜が薄く張る。女性をまっすぐ見ることが出来ない。


 ほぼ初対面でこんなお願いをするのは失礼かもしれない。本来、洗練された踊りというものは、お金を払って初めて見ることが出来るものでもあるのだ。それでも、可能性があるのならば掴みたかった。もしかしたら、私の中の何かが変わるかもしれない。今思い悩んでいることが解決するかもしれないと思ったのだ。


 女性は撮影をしていたのだから、動画サイトで動画を見ることができるかもしれない。それでも生の踊りを見て肌で感じたいと思った。動画越しでは分からない迫力と言えばいいのだろうか。空気と言えばいいのだろうか。それを味わいたかった。


「私は、あのひと時で、あなたのファンになってしまいました」


「さっきから嬉しい事を言ってくれるね。いいよ。それじゃあ、この端末に入ってる音楽の中から選んでちょうだい。その中にあるものなら、どれでも踊れるから」


 そう言って、ポケットにしまっていた端末を投げてよこしてくる。女性はふわりと笑って快諾してくれたのだ。


 

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