第3話・一人の夜
いつもは聡や叔父である和利、正志や卓也と一緒に花火大会に行くのだが、灯里はこの年は一人きりだった。
聡と和利は仕事が長引いて戻って来られず、正志と卓也は家の用事があるらしい。
聡に一人で出かけるのは危ないから家に居るようにと言われた灯里は、それに従い大人しく家に居た。
家からでも花火を見る事が出来る。
祭りに行けないのは少し寂しかったが、灯里は聡や和利に心配をかけたくなかった。
「先生は、どうしているのかなぁ……」
夏休みに入ってから、尊とは会わなくなった。
尊に好きな女の子が居ると知ってから、灯里は尊に会うのが少し辛くなってしまっていた。
だから、夏休みに入って尊と会わなくなってほっとした時もあったのだが、やはり寂しいとも思ってしまう。
早く二学期にならないかなと、そんな事ばかりを考えてしまうのだ。
例え、尊が誰を好きでも、灯里は尊を好きだった。
灯里にとって尊は、子供の頃から変わらないただ一人の王子様だ。
「あ……」
チャイムが来客を告げ、灯里は玄関へと向った。
もしかして、先生?
なんて思ったが、そんな都合のいい展開になるはずもない。
だが、突然の来客は灯里が予想もしていなかった人物で、その姿を目にした瞬間、灯里は眉をひそめた。
「灯里様、お迎えにあがりました。当麻様がお待ちです」
淡々とした口調でそう言ったのは、安藤当麻の部下の、能面のように表情のない女だった。
「さぁ、当麻様がお待ちです。ご用意を」
女はそう言うと、灯里に腕を伸ばす。
灯里は女の腕から逃れると、無表情な女を睨みつけるようにして見、言った。
「わ、私には今日、友人と約束があります。だから、当麻さんの元へは行けません」
女は無表情のまま灯里を見つめると、唇の端を少しだけ吊り上げた。
「本当に?」
「はい」
「今から、お出かけになるのですか?」
「えぇ、そうです」
「失礼ですが、今からお出かけになられるような格好とは思えませんが?」
灯里はちらりと今の自分の格好を見た。
今日はまだ聡と和利が帰ってきて居らず、ずっと家に居るつもりだったから、キャミソールにショートパンツというラフな格好だ。
いくら夏だからとはいえ、灯里にしては少し露出が多いかもしれない。
だけど、カーディガンを羽織れば今すぐにでも出かけられない事もないだろうと思う。
「で、出かけるのは本当です! だから、お帰りくださいっ」
灯里はそう言うと当麻の部下の女を追い出した。
そして自分の部屋へ戻るとカーディガンを羽織り、スマートフォンと財布の入ったポシェットを持つ。
聡と和利には危ないから家を出るなと言われていたが、このまま一人で家に居れば、当麻自身が灯里の目の前に現れるような気がした。
聡と和利が居ない中、あの強引な男が家に押しかけてきたらと思うと、ぞっとする。
だから、灯里は当麻の部下の女に、灯里には本当に用事があって出かけたのだと思わせる間だけ外出すればいいと思ったのだ。
玄関を出た時、当麻の部下の女はまだ灯里の家の近くに居た。
やはり自分は見張られていたのだろう。
「では、失礼しますっ」
それだけ言って、灯里は当麻の部下の女の前から足早に立ち去った。
追いかけて来られてはかなわないと走り出し、住宅街を抜けて繁華街まで出る。
繁華街を抜けると、屋台が並んでいるのが見えた。
いつもなら、聡か和利、そして正志と卓也が一緒だった。
だけど、今年は一人ぼっちだ。
寂しい……そして不安だった。
自分はいつも聡や和利、正志と卓也に守られていたのだなと灯里は思う。
「もう少ししたら、帰ろう……」
家を出て、まだ十分ほどしか経ってはいなかった。
当麻の部下の女は、まだ灯里の家の近くに居るかもしれない。
だから後十分ほど時間を潰してから家に帰ろうと灯里は思った。
このまま花火を少し見たいと思ったけれど、一人である事が灯里を不安にさせていた。
せめて自分が知っている誰かがそばに居てくれたらいいのに。
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