第2話・聡からの電話
「よ、奈央ちゃん、早いな」
「まぁ、今日は暇してたからね~。早目に来たら先に正義さんと典子さんが来ていて、みんなで信介の家で料理作ってたの」
「へぇ~」
名木信介も保と同じく小学校からの友人で、この雑居ビルの五階にあるバーの経営者だった。
信介はこの雑居ビルの六階を住居にしていた。
そして木村正義と熊谷典子というのは、尊より一つ年上の友人で、聡と同じく、尊の高校時代の先輩にあたる。
「で、正義と典子は?」
「他のみんながなかなか来ないから暇で、二人で買い出し。ほら、やっぱり屋台物も食べたいじゃない?」
「そうだな。まぁ、保がバイトに買って来てもらったみてぇだけどな」
「そうね。でも、保と雅が居ると、料理もすぐになくなりそうだし」
「確かに」
尊は頷いた。
保も雅も大食らいだ。
確かにいくら料理があっても足りないだろう。
「それに、ほら、飲み物もいるじゃない? 信介にばっか負担をかけるわけにもいかないし。ついでにアルコール類も買いに行ってくれてるの」
「あぁ、そりゃ重要だな」
奈央はかなり飲む方だ。
奈央だけでなく、今日集まるメンバーはみんなかなり飲む。
「郁美と零は、店を片付けてから来るって。今日はお客さん多かったみたいだし」
「そうだな」
郁美も信介や保と同じく小学校からの友人の一人だった。
彼女はヘアサロンとネイルサロンを経営していて、零は郁美の夫で二人とも美容師兼ネイリストだ。
今日は花火大会。
浴衣の着付けやヘアアレンジに訪れる客で、さぞかし忙しかっただろう。
「だから、私たちは先に始めちゃいましょう。ほら、雅なんてすでめちゃくちゃ食べてるし」
「そうだな」
奈央が缶ビール片手に笑う。
尊は頷き椅子に座ろうとして、ジーンズの後ろポケットに挿していたスマートフォンを取り出した。
そして初めて着信があった事に気付く。
「あ……」
「どうしたの?」
「気付かなかったんだけどよ、電話かかってきてたみてぇで」
「へぇ、誰?」
「聡」
「え?」
予想していなかった相手からの着信に、尊は驚いた。
今日、聡は来ないと返事をしてきていた。
だが、もしかすると来る事にしたのかもしれない。
そして、もしかすると灯里を連れてくるのではないかと……そんな期待を胸に尊はすぐに聡に電話をかけ直した。
数回のコールの後、聡が電話に出る。
「聡? 俺、尊……。電話気付かなくてワリィな。どうかしたか? こっちに合流する気になったのか?」
聡は灯里と一緒だろうと思い尊は声をかけた。
こちらには保の妹であり灯里と同じクラスの雅が居ると言えば、聡は灯里を連れて合流するかもしれない。
『いや、すまないが違うのだ。俺は今日これから、どうしても抜けられない緊急の会議があって、まだ仕事でな』
「そう、か……。じゃあ、灯里は……」
『父も俺と一緒に会議に出なければならないから、灯里様は今日、お一人のはずだ。確か正志と卓也も用事があると言っていたような気がする。先程電話で灯里様には一人で出かけると危ないから家に居るようにと言っておいたのだが、少し心配でな』
「心配?」
『あぁ……。最近、例の安藤当麻の部下が、灯里様を見張っているようなのだ。もしかすると、俺や父の留守を知って、当麻が灯里様の元へと向っているかもしれない。だから、尊……』
灯里様の様子を見に行ってもらえないだろうか。
聡は申し訳なさそうにそう続けたが、尊はすぐにわかったと返事をした。
聡の言うように、一人の灯里が心配になったのだ。
「わかった! 今、保の妹……雅っていうのも一緒に居るんだ。俺のクラスで灯里とも仲がいいから、迎えに行って俺らの所に連れて来るよ」
『あぁ、悪いな』
聡がほっと息をついたのが聞こえた。
尊は、気にするなと言って話を終えると、スマートフォンを再びジーンズの後ろポケットにねじ込んだ。
「尊、何かあった?」
奈央の問いに尊は頷いた。
聡との会話を聞いていた彼女は、少し心配そうな表情をしていた。
「今日、緊急会議があって、聡と親父さんが家に帰るのが遅くなるらしい。最近、あか……いや、古城の周りに変なやつがうろついてるようだから心配だっていう電話だ。俺、ちょっと古城の様子を見てくる」
尊がそう言うと、そうね、と奈央は頷いた。
「こちらには雅も居るし、連れてらっしゃい。それに、灯里が居れば聡さんも仕事が終わったらこっちに来るかもしれないしね」
「オウ」
尊は頷くと、
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
キャップを目深にかぶり、仲間たちが集まりつつある雑居ビルを後にした。
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