第3章:サマーナイトドリーム
第1話・尊の休日
花火大会の夜は、尊は毎年学生時代の仲間と集まる事になっていた。
聡にも声をかけるのだが、彼は毎年参加しない。
その理由はいつも同じで、幼い従妹を花火大会に連れていくのだと言っていた。
仲間たちと集まる場所に向かいながら、ぼんやりと思う。
今思えば、その従妹というのは灯里の事だったのだ。
学生時代にその従妹も一緒にと誘っていれば、尊はもっと早く灯里と再会する事が出来ていたのに。
だが……それでは尊は灯里に恋をしなかっただろうし、灯里だって今の灯里のように成長しなかったかもしれない。
そう思うと、やはりこれで良かったのだと思う。
自分と彼女はとても遠回りをして巡り合う運命だったのかもしれない。
尊がある雑居ビルの前で足を止めると、電気の消えた一階のパン屋から両手にナイロン袋を持った一人の男が現れた。
「尊、なの?」
そう言ったのは、小学校からの友人の一人である、秋元保だった。
昔から食べる事が好きだった保は、今ではパン職人になり、この街で店を構えている。
尊が足を止めた雑居ビルの一階にあるパン屋は、保の店だ。
「オウ、そうだよ」
「一瞬誰かわからなかったよ。キャップをかぶってるし、服装はすごくラフだし」
「あぁ、最近ここに来る時は、学校帰りでスーツ姿ばっかだったからな」
今日の尊はキャップをかぶり、タンクトップにパーカーを羽織ってジーンズにスニーカーという格好だった。
「そうだね、最近はスーツのイメージが強かったよね。でも今日はラフな格好だから、どこかの高校の不良かと思っちゃったよ」
保はそう言い、尊は笑った。
現在尊は二十六歳だが、まだまだ若く見えるのだなと思う。
「俺、今日は先生しねぇんだ。休みなんだよ。ところで保、今日はもう店を閉めたのか?」
「うん、今日は早目に閉めたんだ。バイトの子たちも花火大会に行きたそうにソワソワしてたからね」
そう言って笑った保は、
「尊、これ、半分持って」
と尊にナイロン袋を差し出した。
ナイロン袋の中身は、屋台で売っているような焼きそばやお好み焼き、イカ焼きやフランクフルトだった。
「これ、どうしたんだ?」
「バイトの子たちが帰る前に、買いに行ってもらったんだ。他にも料理は用意してるけど、やっぱりこういう屋台の味も食べたいじゃない? あと、こっちはボクの店で今日残っちゃったやつね。」
確かにそうだと尊は頷いた。
保の言う通り、祭りの日には祭りを感じさせるものが食べたいものだ。
「尊、行こう。みんな来てると思うよ」
「オウ」
尊は保の後をついて雑居ビルのエレベータに乗り込んだ。
この雑居ビルは、一階が保の経営するパン屋「あきもと」で、二階がイートインスペースになっている。
三階はヘアサロンで、四階はネイルサロン、五階はバーで、六階はバーの経営者の住居スペースになっていた。
エレベータを六階で降り、そこから先は階段で屋上へ向う。
屋上の扉を開き、
「バイトの子たちに頼んでた焼きそばやお好み焼きが来たよ~。あと、尊もー」
と保が言う。
「兄ちゃん、フランクフルトは?」
「うん、あるよ」
「アタシ、フランクフルト食べるー」
「尊が持ってくれてるよ」
駆け寄ってきたのは、保の妹であり尊のクラスの生徒でもある雅だった。
雅は尊の前まで来ると、
「新堂、久しぶりぃ! 元気だったぁ?」
と言う。
「え? 雅、なんでお前がここに居るよ」
「悪い?」
「悪くねぇけどよ」
「だって、兄ちゃんたちと一緒に居たら、いっぱい奢ってもらえるし、タダで美味しいものをいっぱい食べられるじゃん」
「まぁ、そうだな」
尊は頷いた。
保は年の離れた妹の雅をとても可愛がっている。
確かに保と居ればたくさん奢ってもらえるし、タダで美味しいものをいっぱい食べる事が出来るだろう。
「新堂、アタシ、フランクフルト食べるから!」
「オ、オウ、そうか」
ぽっちゃりした手が差し出され、持っているナイロン袋を早くよこせと言う。
急かされた尊が袋を渡してやると、
「雅、アンタって食いしん坊なところも、保にそっくりね」
苦笑しながら奈央が言った。
「え? 全然似てないけどぉ? アタシは兄ちゃんみたいにただ丸いだけじゃなく、キリッとした美少女だしぃ」
雅はそう言うと、尊から受け取ったナイロン袋を持って屋上に設置されたテーブルへと向った。
袋から中身を取り出してテーブルに広げ、目的のフランクフルトにかぶりつく。
嬉しそうにフランクフルトを食べている姿は、やはり保にそっくりで、尊は笑ってしまった。
雅は本当に見ていて飽きない。
屋上のテーブルには、屋台で買ってこられたものだけではなく、手作りの料理も置かれていた。
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