第5話・オトメゴコロと思い込み
「古城!」
「え?」
授業が終わって帰ろうとすると、灯里は尊に呼び止められた。
「悪い、古城、ちょっと……」
「え? は、はい……」
何の用だろう?
灯里は尊に手招きされるままに、人の通りが少ない階段の踊り場へと彼の後をついていった。
「あの、どうされたんですか?」
灯里はなるべく声が震えないように気をつけて、尊に聞いた。
尊と雅の前で、ちゃんと笑顔で居なければ、普通にしなければと思いつつも、尊を見るとどうしても雅のことを思い出してしまい、きゅっと胸が締め付けられるのだ。
「あのよ……ちょっと確認してぇ事があって……。あの当麻ってやつの事なんだけどさ……」
「え?」
尊の口からは、予想外の人物の名前が出た。
今日は驚く事ばかりだ。
「あ、あの……当麻さんが……どうかしたんですか?」
「い、いや……あいつ、最近お前の前に現れてるのかなって思って……。ほら、お前、さっき暗い表情をしていたしよ、何か困った事でもあるのかなって……だから、あいつがまたウロチョロしてんじゃねぇかって思ってさ……」
「先生……」
灯里は尊の好きな相手が雅だと知ってショックを受けただけだというのに、尊は灯里のことを本気で心配してくれていたらしい。
灯里はとても恥ずかしくなった。
同時に、尊の優しさが心にしみて、目頭が熱くなる。
泣いてはダメだ、と思ったが、それは無理そうだと彼女は感じた。
「こ、古城?」
「先生、優しい……優しい、ね……」
そう呟いた灯里は、堪えきれずに涙を零してしまった。
「そ、そりゃ、先生だから、よ……」
つきん、と胸が痛む。
わかってる……尊が自分に優しいのは、自分が彼の生徒だからだ。それ以外、理由なんてない。
「そ、そうですよね……。先生だから、ですよねっ」
わかってる、わかってる、わかってる……。
それはわかりすぎるほど、わかっている事だった。
「あっ……」
これ以上、泣いちゃダメだ。
そう思ったが、灯里は涙を堪える事が出来なかった。
堰を切ったように次から次へと涙が溢れる。
泣き顔を見せては、優しい尊は心配するだろう。
だから、泣いちゃダメだ。
それが無理なら、せめて彼に涙を見せてはいけない。
そう思った灯里は、尊の視線から逃げるように俯いた。
「古城? お、おい、だ、大丈夫か?」
尊の声は心配そうだった。
灯里は頷いて大丈夫だと答え、素早く手の甲で涙を拭うと、顔を上げてまた無理して笑った。
「ほ、本当に、大丈夫です……。それから、当麻さんは、今回関係ありません。し、心配かけて、ごめんなさいっ」
それだけ言うと、灯里は尊に深々と頭を下げた。
「じゃあ、失礼しますっ」
と挨拶し、彼の前から立ち去ろうとする。
だが――。
「古城! ちょっと待てよ!」
尊は階段を降りようとしていた灯里の手を掴んだ。
「え?」
まさか、再び呼び止められるとも、手を掴まれるとも思っていなかった灯里は、驚いてバランスを崩した。
そして、ふらついた身体で階段を踏み外す。
「きゃっ!」
落ちる、と思った。
だが、灯里は階段を転がり落ちる事はなかった。
灯里の手をしっかりと掴んだ尊が、力強く灯里の身体を引き寄せてくれたのだ。
「悪かった、古城。大丈夫だったか?」
そう問われ、彼の逞しい腕の中にすっぽりと収まった灯里は、小さくこくりと頷いた。
「危なかった……本当、悪かったな、古城……」
尊は灯里の身体を抱きしめたまま、ぽんぽんと優しく背中を叩く。
灯里は目を潤ませたまま、尊を見上げた。
彼は優しく灯里を見つめてくれていた。
「何か心配事があるなら、相談しろよ」
灯里から離れ、尊はそう言った。灯里は、
「はい」
と頷いて尊の前から立ち去ると、トイレに駆け込み、声を殺して泣いた。
優しい彼が、大好きだった。
大好き過ぎるから、彼が誰かを――灯里の同級生の女の子を――好きになったのが、とても辛くて切なかった。
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