第4話・オトメゴコロと勘違い


「灯里、アタシ、灯里にちょっと相談したい事があるんだけど……」


 灯里が雅からそう言われたのは、調理実習の翌日の事だった。


「雅ちゃん、どうしたの?」


 首を傾げた灯里を、


「ちょっと、こっち!」


 雅は屋上へと続く階段の人気のない踊り場へと連れ出した。

 一体どうしたのだろうと灯里が考えていると、雅は近くに誰も居ない事を確認して、ふう、と深い息をついた。


「どうしたの? 何か深刻そうな悩み? 私で良いのなら、なんだって聞くよ?」


 灯里がそう言うと、雅はじっと灯里の顔を見つめ、頷くと口を開いた。


「あのさ、その……新堂の事なんだけどさぁ……」


「え?」


 予想外の人物の名前が出て、灯里は驚いた。

 尊がどうしたのだろうととても気になったが、灯里は出来るだけ冷静を装って雅の言葉の続きを待った。


「あのさぁ、新堂さぁ……アタシの事、好きなんじゃないかって思うんだよねぇ」


「えっ……」


 どくん、と嫌な感じに胸が鳴った。

 尊が雅を好き?

 どういう事なのだと思う。


「ど、どうして、そ、そう思うのかな……」


 声が震えないように気をつけながら、灯里は雅に聞いてみた。

 雅は頷くと、


「新堂さぁ……すっごくアタシの事を見てるんだよねぇ……。いっつも目が合うのぉ。でさぁ、アタシが新堂を見ると、あいつ、目をそらすんだよねぇ……。これってさぁ、やっぱりアタシを意識してるって事じゃない?」


「そ、そうなの、かな……」


 そうかもしれない、と灯里は思った。

 だが同時に、確か彼には今、好きな相手は居なかったはずではなかったかと思う。


 少し前、灯里は思い切って尊に、「今好きな人は居るのか」と聞いた事があった。

 その時の尊の答えは、「今は居ない」で、「今はちゃんと先生がしたい」だったはずだ。


 だけど、今はもう違うのかもしれない。

 今はもう、新しく好きな相手が出来てしまったのかもしれない。

 そして、その相手がこの雅なのかもしれない。


「雅ちゃんは、明るくて積極的で、とても素敵な女の子だから……そうなのかも、しれないね」


 灯里がそう言うと、


「えー、やっぱり灯里もそう思う?」


 雅は納得したように頷き、軽やかな足取りで灯里を置いて立ち去ってしまった。

 雅の姿を見送りながら、明るい彼女は尊にお似合いだ、自分はダメだな、と灯里は思う。

 はぁ。深い息をつくと、灯里は教室へと戻るために階段を降り始めた。


「古城? こんなところでどうした?」


 階段を降りていくと、尊と出会った。

 尊は灯里を見つめると、いつものように明るい笑顔を向けてくれた。

 この明るい笑顔が、大好きだ。

 だけど、今の灯里には彼の笑顔は眩しすぎた。


「せん、せい……」


 今は自分にも向けてくれるこの笑顔は、いつか雅だけのものになるのだろうか。

 そう思うと、じわりと目が潤むのがわかった。


「こ、古城? ど、どうした? な、何かあったのか?」


 灯里の潤んだ目を見て、尊は驚いたようだった。

 灯里は慌てて首を横に振り、無理に笑顔を作った。


「な、何もないですよ?」


 そう言って灯里は尊に頭を下げると、足早に彼の前から立ち去る。


 何かあったかと聞かれても、答えられるはずがなかった。

 大好きなあなたが、自分の友達を好きになったのがショックなのだ、なんて。


 どうしてもっと祝福してあげられないのだろう、と灯里は思った。

 大好きな尊に好きな人が出来たのだ。

 雅は明るくてとてもいい子だし、きっと明るい尊に似合うと思っているのに。


「私、心、狭いな……」


 嫉妬を、灯里はひどくどす黒いものだと感じた。

 尊は大人で、明るい素敵な人で、もともと自分には手が届かない人だったのだ。

 自分はただ彼に子供の頃から長く片想いしてきただけなのだ。


 尊と、友達の幸せを祝福しよう。

 今はまだ二人は先生と生徒だから二人の関係は秘密だろうけど、上手く行ったら雅は灯里に報告してくれるかもしれない。

 そうしたら笑顔でおめでとうって二人に言ってあげたい。

 灯里はそう思うと、笑顔笑顔、と心の中で呪文のように何度も繰り返した。

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