第2章・オトメゴコロとオトコゴコロ
第1話・古城灯里の王子様
彼女、古城灯里には好きな人が居る。
新堂尊ーー彼は現在灯里の担任の先生であり、実は初恋の人でもある。
十年も前の話だから、尊の方はきっと覚えてはいないだろうけれど。
尊は年齢二十六歳の独身男性で、身長は一八〇センチというかなりの長身だ。
灯里は彼の事を、まるで王子様みたいな人だと思っていた。
いや、正確には灯里にとっては、彼は紛れもなく王子様だった。
尊は男らしい真っ直ぐな性格で、スポーツドリンクのCMに抜擢されるんじゃないかと思うくらい、自然に爽やかな笑顔を浮かべる人だ。
しかも彼の笑顔は爽やかなだけでなく、とても可愛らしく見えるのも堪らない。
灯里はそんな彼の笑顔を見ると心臓が止まるか、逆に口から飛び出してしまいそうになるくらいドキドキしてしまう。
彼に再会した時は、驚いたのとその爽やかで可愛い笑顔にノックアウトされ、講堂で気絶してしまったほどだ。
灯里が尊に再会したのは、高校三年の春の事。
新学期になり、灯里の通っていた森苑学園に教師としてやってきたのが、新堂尊だった。
灯里は壇上に上がった尊を見て、ひと目で遠い昔一度だけ会った初恋の彼だと気がついた。
灯里は彼の事を、新堂尊という名前しか知らなかった。
彼はたった一度、偶然出会った人だったけれど、灯里にとって特別な人になった。
あの人に、もう一度会いたい……。
灯里はいつもそれを願っていた。
だけど、名前だけしか知らない尊に、当時小学二年生に上がる前の子供だった灯里には会う方法はなく、灯里は彼に会う事もないまま十年という月日を過ごし――。
灯里は尊に、高校三年の春に再会した。
驚いたけれど、嬉しくて……胸がいっぱいになった。
心臓が止まるかと思うくらい胸が締め付けられて、そうかと思えば逆に口から飛び出しそうになるくらいドキドキして――灯里はその場で気絶してしまった。
気絶した灯里が意識を取り戻すと保健室だった。
だが、灯里を心配して様子を見に来た尊を見て、灯里はまたすぐに気絶してしまった。
大好きで仕方ない人に再会できたのが嬉しくてたまらないというのに、灯里は尊を見るたびに緊張して気絶を繰り返してしまう。
だから、灯里のクラスの担任になった尊は、しばらくの間、自分は灯里に嫌われているのだと思っていたらしい。
その誤解を解く事が出来たのは、灯里の従兄である聡のおかげだった。
尊は聡の高校時代の後輩だったらしく、自分を見れば目をそらしたり気絶したりする灯里の事が心配で、聡に相談したらしい。
「古城は、俺が嫌いか?」
大好きな尊を目の前にまた気絶してしまいそうになりながら、灯里は必死になって首を横に振り続けた。
大好きな人にそんな誤解をさせていた自分が恥ずかしく、情けなかった。
「わ、わ、私は、先生を嫌ってなんか、いませんっ」
尊の誤解を解くために、灯里は必死になって彼の目を見つめ言った。
尊は灯里の言葉に安心したようだが、
「じゃあ、なんで俺から目をそらすんだ? なんで気絶するんだよ?」
と聞いてきた。
その疑問は当然の事だったが、灯里には、あなたの事が好きだから好き過ぎて気絶してしまうのだ、なんて言えなかった。
思わず尊から目をそらした灯里の耳に、
「ちぇ~。やっぱ、俺のこと、嫌いなんじゃねぇのぉ?」
尊の拗ねたような声が届く。
少し可愛いその口調に、きゅうっ、と胸が締め付けられてしまった灯里は、彼の誤解を解き嫌いではないのだと伝えたくて、思わず本当の事を言ってしまった。
「違いますっ! わ、私は、先生の事が嫌いなんじゃありませんっ! わ、私は昔からずっと先生の事を好きで、大好きで、大好き過ぎて、だ、だから緊張して、嬉しくて気絶しちゃうんですっ!」
「へ?」
「え?」
自分が何を言ったかという事に気づいた灯里の精神は、限界を迎えた。
だが、意識を手放しかけた彼女は、尊に軽く頬を叩かれてなんとか持ちこたえた。
尊は灯里の顔をじっと見つめると、嬉しそうに笑う。
「そうかぁ、古城は俺を嫌ってなかったんだな? 本当に良かった。俺、やっと安心したよ。そっかー、気絶しちゃうほど、古城は俺が好きだったのかー。でもな、俺、やっぱ気絶しねぇでほしいから、これからは気絶しねぇように頑張ってくれよな」
灯里の告白を、尊はただ灯里に嫌われていないという事だけ理解し、本気のそれだと思わなかったらしい。
彼は灯里の頭を軽く撫でると、
「じゃあな、古城。また学校でな!」
と言い、久しぶりに会った聡と出かけて行ってしまった。
二人を見送った灯里は、ふう、と息をつく。
さっきのは、本当の気持ちで本気の想いだったのに。
尊に想いが伝わらなかった事を灯里は哀しく思ったが、それは仕方がない事なのかもしれないとも思った。
尊は十年前のあの一日の事を覚えていないだろうし、彼はあんなにカッコ良く素敵な大人になったのだ。
今までだって何人もの女の子に告白をされてきたはずだし、今の灯里の告白もそれと同じようなものだと思われたのだろう。
それに、彼と自分は先生と生徒だ。
例え、尊が灯里の告白をホンの少しだけでも気にしてくれたとしても、生徒である自分に告白されても困るだけだろう。
「せめて、気絶しないように、頑張ろう……そして……」
彼にとって少しでも良い生徒になってみよう。
灯里はそう思い卒業までの一年を過ごす事にした。
灯里は尊を見ても気絶しなくなった。
気絶を繰り返せば担任である彼に迷惑をかけてしまう。
そんな気持ちが灯里に気絶する事を懸命に堪えさせたのだが、それはやがて気絶なんかしていたらもったいないという気持ちへと変わっていった。
灯里は高校三年生……来年の春にはこの森苑学園を卒業してしまう。
それは、教師である尊との別れも意味していた。
それなら尊と一緒に居られるこの時間を、精一杯大切にしなければならない。
「いい生徒で……でも、できるだけそばに……。そして、あなたの言葉通りに……」
昔、灯里は尊にある言葉をかけてもらった。
灯里はその言葉を魔法の言葉と思い大切にし、彼が言ったような未来の自分を目指して過ごしてきた。
「私、先生の……尊さんの言葉通りに成長してるかな?」
朝、登校前に灯里は鏡の中に自分に笑いかけてみた。
この笑顔は自然だろうか、と思う。
大好きな尊の前で、自分は自然に、なるべく可愛く笑う事ができるだろうか。
「今日も……先生に会えるかな……」
尊は灯里のクラスの担任教師だから毎日教室で会えるのだが、毎朝学校の花壇の世話のために早めに学校に行っている灯里は、教室の他に花壇の前で尊に会う事ができるのだ。
灯里が世話をしている花壇は、体育教官室と体育館の間に位置している。
尊は男子バスケットボール部の顧問だから、朝練が終われば体育館から体育教官室に戻るために、花壇の前を通るのだ。
そこで彼は灯里に素敵な笑顔で声をかけてくれて、ホンの少しだけだけど、二人だけで話す事ができるのだ。
時間にすると、ホンの数分の事。
だけど、灯里にとってこの時間は、一日で一番幸せな時間だった。
「今日、これ、渡せるかな……。渡しても、いいかなっ」
灯里は昨日、クッキーを焼いた。
実は、朝練で運動した尊のお腹の足しにでもならないかと、灯里は頻繁にお菓子を作っているのだが、今まで渡せたことがない。
今日のはチョコ味のクッキーで、あまり甘くないように作った。
小さな袋に詰めて、制服のポケットに入れる。
通りかかった尊に自然に渡せるように、ポケットから取り出しやすいサイズがいい。
「尊先生、受け取ってくれるかな……」
制服のプリーツスカートの上から、愛し気にそっとクッキーを撫でる。
「受け取ってもらえればいいな」
ふふ、と笑い、灯里は鞄を持つと家を出た。
この日、クッキーを尊に渡す事ができた灯里と、それを受け取った尊は、互いに一日中ご機嫌だった。
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