第2話・灯里にないのは積極性
ある日の事。
調理実習で作ったカップケーキを、持ってきたラッピング袋に入れて、灯里は考え込んでいた。
これ、どうしよう。
調理実習で作ったものは、自分で食べても誰かにあげても構わないので、灯里は今までは、子供の頃から仲の良かった大塚正志と岸本卓也にあげていた。
だけど、今回は他にも渡したい人がいた。
「正志くんの分と、卓也くんの分……」
灯里の目の前には、カップケーキを二つずつ入れた袋が三つ……。
正志と卓也には今まで通りあげるつもりだ。
問題は、あと一つの袋だ。
「どうしようかな……」
灯里はぽつりと呟いて、周りの女子生徒たちを見つめた。
「ねぇねぇ、尊くんにあげに行く?」
「もちろん、尊くんにあげようよ!」
他の女子生徒たちはみんな先程調理実習で作ったお菓子を、尊にあげるつもりらしい。
彼女たちの手には、灯里と同じようにラッピングされた袋があった。
今回調理実習で作ったものは、お菓子、だ。
お菓子であれば何を作っても良かった。
灯里が作ったのはカップケーキだったが、クッキーを焼いた子、マドレーヌを焼いた子、いろいろ居る。
「あ、尊くん発見! 行こう!」
女子生徒たちはいっせいに移動し始めた。
灯里は彼女たちが向かった先に、尊の姿を見つける。
灯里も、彼にカップケーキを渡したかった。
「尊くーん、はい、これ!」
「尊先生、これ食べて~」
尊は周りを囲む女子生徒一人一人から、お菓子を受け取っていた。
先程の調理実習は、女子だけの二クラス合同の授業だったから、同じクラスの女子だけでなく別のクラスの女子も居る。
これは、尊がこの学園に来てから調理実習があるたびに目にする光景だった。
尊は全学年の女子から好かれていた。
正確に言えば、女子だけじゃない。
明るくさわやかな彼は、男女問わずこの学園に赴任してきたときから人気があった。
「あ……」
尊の両腕は、あっという間に女子生徒からもらったお菓子でいっぱいになってしまった。
灯里は自分が持っていたカップケーキの入った袋を見つめた。
あんなに貰ったのだから、今から灯里が渡しても迷惑なだけかもしれないと思う。
それに、お菓子を渡し終わったはずなのに、女子生徒たちはまだ尊を囲んでお喋りをしていた。
これでは彼に近づく事が出来ない。
「お、おい、そろそろ次の授業だぞ?」
尊の困ったような声が聞こえた。
あぁ、そうだ。そろそろ次の授業が始まると灯里は思った。
尊は早く職員室か体育教官室へ戻りたいのかもしれない。
ということは、灯里にはもうカップケーキを尊に渡す時間がないという事だ。
「これは、聡兄さんと叔父さんにあげよう」
灯里がカップケーキを尊に渡すのを諦めて、教室に戻ろうとしたときの事だった。
「何? 灯里、新堂にあげないの?」
一人の女子生徒が灯里に声をかけてきた。
小麦色の肌に明るい茶色の髪をした、ふっくらとした少女は、持っていたビニール袋を握りしめると、
「もう、あいつら邪魔ね」
と呟き、尊と、彼を囲む女子生徒へと、ずんずん歩いていく。彼女は、
「邪魔よ!」
と声を荒げると、尊に群がる女子生徒を弾き飛ばし、尊に持っていたビニール袋を突き出した。
彼女――秋元雅の行動を見て、灯里は感動していた。
なんて積極的で行動力があるのだろうと思う。
昔に比べればだいぶマシにはなったとはいえ、灯里はまだどちらかと言えば内気な性格だから、雅を見て、すごいなぁ、羨ましいなぁ、あんなふうになりたいなぁ、と思う。
「み、雅、も、俺にくれるのか?」
「そうよ! チョコクッキーよ、あげるわ!」
「そ、そうか、サンキューな」
尊は雅が差し出したビニール袋を受け取った。
渡せていいなぁ、と思いながら、灯里は尊の顔を見上げた。
ほぼ同じタイミングで尊も灯里へと視線を移したらしく、彼が自分を見つめたのに気付いた灯里は、どくんと大きく胸を高鳴らせた。
「ん」
尊は灯里を見つめたまま優しく瞳を細めると、灯里に手を差し出した。
「え?」
驚く灯里に、
「古城は、俺にくれないのか?」
と尊は苦笑する。
「い、いえ、あのっ……ど、どうぞっ……」
灯里は差し出された尊の手が引っ込められる前に、慌てて持っていたカップケーキの入った袋を尊の大きな手に置いた。
「古城は、何を作ったんだ?」
「あ、あのっ……カ、カップケーキですっ……せ、先生の、お、お口に合えば、いいんですけどっ……」
「そうか、サンキューな!」
尊は白い歯を見せて爽やかに笑うと、女子生徒からもらったお菓子の山を抱えて、体育教官室へと戻って行った。
「雅ちゃん、ありがとう……」
雅のおかげで、灯里は尊にカップケーキを渡すことが出来た。
灯里が礼を言うと、
「何が?」
と雅は首を傾げたが、彼女は灯里が正志と卓也用に包んでおいたカップケーキの袋を見ると、手を差し出した。
「そう言えば灯里のカップケーキ、すごく美味しそうだったわね~」
そう言ってにんまりと笑った雅に、
「うん、どうぞ。ありがとう、雅ちゃん」
灯里はカップケーキの袋を一つ差し出した。
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