第18話 「意外な対決」後篇

 「わたくしと死合っていただけないでしょうか。」

命道トモエは大それた事を申し出てしまったと思っていた。

彼女の申し出とは裏腹にGUZE(グゼ)への敬愛の念は※1ミクロンも損なわれていなかった。

ただ本人の心情とは関係なく物事は単純には運ばない。

命道トモエの心情とは逆の意味で事態は

進み

「わかった。受けよう」と相変わらずの

一切のことに動ぜずの変化に乏しい表情で

GUZE(グゼ)は彼女の申し出に応えた。

「だが今のままでは戦力不足ではないか。

その持参した宝刀の使用をするとよい。」

少々困惑気味に正座から立ち上がりながら

「本当によろしいのでしょうか。この宝刀は

本来、貴方様の…。」とトモエが言いかけた時、「さっきから私を除け者にして何をしているの。」と黒き魔女カトリーヌ・フォン・ブレルが割って入った。

そんな行動に対してGUZE(グゼ)は無反応、

命道トモエは「貴方をないがしろにしているわけではありません。ただこの話は今後の命道家にとっても重要なことなのです。必要以上に余人を交える事柄ではないということです。」と口調と仕草は女性らしい丁寧さを感じさせたが内心は動揺を禁じ得ない心境の為、

命道トモエにしては配慮に欠ける対応といえなくもなかった。

そんな中、先程の出来事が正論であるにせよ

命道トモエの言葉を不快に思った黒き魔女は

「元を正せばこちらが先約でしょう。」と

食ってかかった。

それに対してGUZE(グゼ)が

「この場での事だ。それに貴方の依頼の半分は終わっている。早急に対応を急ぐ状況でもないのではないか。それに御使との約定もある。」

「それでも…。」と黒き魔女が言葉を言いかけたとき、「GUZE(グゼ)様のお決めになった事に異を唱えるのですか。見苦しいです。」

と今度は命道トモエが割って入った。

「貴方は命を救われた身です。

少なくとも恩人の意見を取り入れるのが

常(つね)ではありませんか。」

胸元に左手を当てながら命道トモエは

黒き魔女には辛辣(しんらつ)に思える言葉を掛けた。

無論、黒き魔女カトリーヌに対して

含む所があったわけではない。

ただ彼女は敬愛の対象であるGUZE(グゼ)の

立場を慮(おもんばか)っての言動であった。

「あなたに口を挟まれることではないでしょう!」と黒き魔女が金髪の巻毛をなびかせながら彫刻のような一部の隙もない深い造形と美しい白い肌の顔を蒸気させ憤慨したが、

命道トモエは乱れた服装と黒く艶のある美しい髪の毛を直しながらそれ以上、黒き魔女の

相手をするつもりはなかった。

「そのくらいにしてはどうだ。

黒き魔女よ。あなたにはすまないが

しばし待ってはくれないか。」とGUZE(グゼ)は謝罪とも取れる対応で黒き魔女カトリーヌ・フォン・ブレルに頭をペコリと下げながら言った。

そこまでされては命道トモエの言う

「命を救われた身」とのフレーズが頭をよぎり「仕方ないわね!少しぐらいなら待ってあげるわ。」とGUZE(グゼ)に頭を下げさせた

行為も含めて黒き魔女は気恥ずかしさから

白く美しい顔の両頬をやや赤面させた。

そのやり取りを一部始終見ていた命道トモエはGUZE(グゼ)にそこまでさせた黒き魔女に

やや嫌悪に近い思いを抱きながらも

すぐにGUZE(グゼ)との死合(しあい)がある

以上、気持ちの切り替えをせずにはいられず、

額の鉢金の付いているはち巻きの後ろの

結び目を締め直すと背中に固定している宝刀を丁寧な仕草で組紐(くみひも)を解き、両手で持つと更に宝刀の鍔(つば)近くにある組紐を

解き宝刀を袋より取り出した。

その一連の所作には一切の無駄がなく流れるような動作の移行だった。

「それでは始めるとしよう。」と言葉に抑揚がなく淡々と語るGUZE(グゼ)はあくまで冷静で人としての配慮に欠けるように思われるが、万が一周囲への被害を考慮しての結界の展開、命道トモエが戦いやすいように適度の距離と草木や岩石などの邪魔なものがない場所に移動するなど、相手に対しての十分な配慮ができる存在だった。

対する命道トモエはGUZE(グゼ)に導かれるように対峙するポジションに移動、

距離にして7〜8メートルで互いに正面から向き合っていた。

「それでは不敬とは存じますが、GUZE(グゼ)様!参ります!」

トモエは臨戦態勢に移行すると左足を後ろに引き宝刀を左の腰に付け納刀のようにすると※両刃であるにも関わらず抜刀の構えをとった。

GUZE(グゼ)の如何なるアプローチにも即対応するためである。

GUZE(グゼ)は無言な穏やかな眼差しで命道トモエを見詰めていたが、その対応に相反して、その場は一瞬で緊迫感に包まれた。

「流石、GUZE(グゼ)様!一部の隙もございませんね。」

そう言いながらも命道トモエはすり足でジリジリと前進し徐々にGUZE(グゼ)との距離を詰めていった。

数秒に数センチ、雑木林が群生する中の開けた場所の草木と砂の上をジリジリと距離は詰まっていき数分で1〜2メートル、2人の距離は縮まった。

GUZE(グゼ)はあくまで穏やかな佇まいでその場にいた。

トモエは畏怖(いふ)していた。

怒気、邪気、の類は怖くはあれど今までの

彼女の経験から克服できなくはない。

だが一切の感情の介入する余地のない、

その場にいるのかさえ疑われる者には

初見の彼女は対応の術を持ち合わせてはいなかった。

静寂(せいじゃく)がその場を支配した。

まるで湖畔の水面(みなも)に立ち時折吹く微風(そよかぜ)が、水面に水滴が落ちるように波紋を広げているようだった。

初めて遭遇する感情と向き合いながら

命道トモエは尚もジリジリと爪先をGUZE(グゼ)に向けて前進して行った。

彼女の白い肌に覆われた極めて整った造形の美貌は幾分両頬を蒸気させ額からは一筋の汗が滴り落ちた。

例えようのない恐怖と向き合いながら

命道トモエは更にすり足で前進を続けた。

明らかに3〜4メートルの間合いの外にも関わらず、命道トモエは仕掛けた。

人によっては彼女が焦(じ)れて仕掛けたと勘違いするやもしれないが、初速から最高速度で

相手との間合いをなくす※縮地によって仕掛けたのだ。

GUZE(グゼ)との間合いは一瞬にして縮められた。

艶のある美しい黒髪をなびかせながら

右手に力を込めた命道トモエは縮地との見事な連携で左腰の高さに納刀するように収めていた宝刀を抜刀、GUZE(グゼ)に向けて解き放った。

だがGUZE(グゼ)には通用しなかった。

縮地からの連携した抜刀をしっかり見定めて

刀身があたる瞬間まで繰り出される刃の方向を見て、刃が命中した瞬間、体を素通りしたのだ。

驚愕しながらも命道トモエは咄嗟に飛び退き

ほぼ元の位置まで戻っていた。

(さすがGUZE(グゼ)様、並の攻撃ではかすり傷ひとつ付けられないのですね。)

ふと命道トモエの脳裏に精悍な風貌の白髪頭の長髪の老人の顔が浮かんだ。

その老人とは命道トモエの祖父にあたる人物だが、「トモエ(巴)、見極めよ」と祖父の姿と共に言葉も脳裏をよぎった。

(お爺様、見極めは困難になりそうです。)と

心の中で彼女が思っていると

「トモエ殿、何の為の宝刀か。」と

GUZE(グゼ)が悟すような言い回しで言った。

「宝刀、はい、わかりました。」

(宝刀…。宝刀…。そうか。私では宝刀の力を十分には引き出せませんが。)

と何を思ったのかトモエは左腰に納刀する様にしていた宝刀を両手で持ち直し両掌で支えるようにすると

「宝刀よ。願わくば我に力の一端をお貸しください。」と強く願うと不思議なことに

宝刀は金色に輝き出した。

更に宝刀を中段の構えに持ち直したトモエは

「では失礼ながら。参ります!」と再びジリジリと前進しGUZE(グゼ)との間合いに入ると

上段に構え一気に振り下ろした。

「ビシュ」という鋭い音が聞こえる程の振り下ろしだった。

GUZE(グゼ)はなんなくかわしたが、様子が少しおかしかった。

今までは余裕で体を素通りするようにかわしていたが、最小限の動きとはいえ単純にかわしただけなのである。

その状況を天性のセンスで感じ取った

命道トモエは初手でおこなった左脇の腰の

鞘に納刀するような形で宝刀を構えると踏み込み腰の捻りを加えた最速の抜刀を繰り出した。

「ギーン」と何とも甲高い金属音があたり一面に響いた。

その様子をずっと注視していた黒き魔女カトリーヌ・フォン・ブレルは

「きゃっ」と小さい悲鳴をあげながら両耳を手で塞いだ。

命道トモエが恐る恐るのぞいてみると

宝刀の刃はGUZE(グゼ)をとらえていた。

正確には首元に向けられた刃をGUZE(グゼ)が親指と人差し指の2本の指先で宝刀の刃を挟むように推し止めていたのだ。

「お見事。」とGUZE(グゼ)はトモエに向けて

称賛の言葉をかけた。

「当たる。当たります。お爺様。」と小声で

命道トモエは言葉を発したが素直には喜べなかった。

自力によるものならともかく、GUZE (グゼ)

のアドバイスと宝刀があってこそである。

だが現状でGUZE(グゼ)と対峙している自分にはこれ以上の思考の放浪は許されなかった。

トモエはすぐに自分を取り戻し向き合ったが、「死合いとなれば、こちらからも攻撃しなければなるまい。」とGUZE(グゼ)が言い放っと命道トモエへの攻撃を開始した。

意外にも攻撃そのものは緩やかだった。

だが彼女は反応出来なかった。

いや正確を記すなら動きながらGUZE(グゼ)の

攻撃に対応しようとしたのだが、動く方向に緩やかだが一切の無駄な動きのない

手刀が先回りし寸止めで彼女の前に立ちはだかったのだ。

うなじ、顔面、肩口、胴体、

どう動こうが彼女は回避運動が出来ず、

結果としてGUZE(グゼ)の攻撃に対応が間に合わない。

あまりの自分の惨状を嘆いた命道トモエは

一端仕切り直しを思い跳び抜き距離を取った。

(さすがGUZE(グゼ)様。こちらの動きを全て見透かすような攻撃です。これでは突破口が何も思い浮かびません。)

自分の予想を上回る攻守における対応に

彼女は苦悩した。

その苦悩を見てとったGUZE(グゼ)は動かず

待った。

若干の時間が経過し苦悩した結果、彼女が導き出した答えは純粋な剣技での攻防ではなく陰陽道も交えてのものだった。

赤い字の六芒星で書かれた呪符を4枚取り出し

「我の前に立ちはだかる者を倒せ。」と

短い言葉を唱え4枚の呪符を人差し指と中指にトランプカードを広げるように挟み持つと手首を使い勢いよく放ると赤い小さな、

虎、青龍、朱雀、玄武の4聖獣の姿に変わり

GUZE(グゼ)に襲いかかった。

対してGUZE(グゼ)は何も動かず陽動の4聖獣は素通りし宝刀を持つトモエのみ注視した。

だが陽動と思われた4聖獣は向きを変え背後上下と左右4方向からGUZE(グゼ)に襲いかかり、それに呼応するかのように命道トモエも再び抜刀の構えに戻り納刀の勢いと腰のひねりを利用した今まで最速の抜刀が牙を向いた。

前後から異なる攻撃が襲い掛かったのだ。


第18話完 次回は「黒魔術対鬼道陰陽道」に続く


※1ミクロンは1ミリの千分の1。

※本来、抜刀術とは片刃の日本刀の為の剣技であり、抜刀の速度や威力を考慮すると両刃には不向きである。

※縮地とは重心をやや前傾姿勢にして

重力を利用し初速から最高速度を出し

相手との間合いを詰める武道などで用いる

対捌きのことである。


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