第16話 「意外な対決」前篇

 

 黄泉平坂(よもつひらさか)から帰還途上のGUZE(グゼ)たちから遡(さかのぼ)ること数十分前、大雪山連邦の旭岳近郊に1機の自家用ヘリコプターが飛行していた。

そのヘリは通常のヘリコプターとは異なり

大きさ形状が少し違っていた。

自衛隊で物資輸送に使用するヘリコプターを改造したメインローターが前後にある2つの回転翼を回し飛行する。

ボディには朱色をベースに不死鳥に酷似した

家紋のデザインがされていた。

そのヘリコプターの中には2人の人間の影があった。

1人は執事の服装の短く整った白髪と白髭の中肉中背の老人ともう1人は操縦席の後ろの席に座っていた。

肩より下まで伸びるしっとりした黒髪と堀の深い整った顔立ちに左目の下には特徴的な泣きボクロがあった。

だが間違いなく美しかった。

彼女の名は「命道トモエ(巴)」という。

その服は学生服だろうかブレザーと

スカートを着用していた。

ヘリコプターは山岳地帯の深くに差し掛かった時、「降下します。準備に入ります。」と

彼女がいうと操縦室の更に後部にある簡易更衣室の中に入りカーテンを閉めた。

育ちの良さを思わせる丁寧な仕草で凝ったデザインの所々レース柄のある白下着とブレザーとスカートの制服を丁寧に畳むと中にある棚の上に置き代わりに巫女衣装に酷似した所々刺繍や動きやすい素材のスリットの入っている白上着と赤の袴を着用した。

更に額に凝った模様の鉢金が付いたハチマキをつけ左右の手に同じデザインの漆塗りの凝った模様の籠手と白い凝った刺繍のデザインの草履を身に付けると棚の中にある剣(つるぎ)を収納している袋を取り出した。

その剣を収納している袋を左手に持つとカーテンを開けて更衣室を出た。

「トモエ様。もうすぐ降下地点に差し掛かります。」

「わかりました。後部貨物室のハッチにいきます。」とトモエは操縦室の入り口のスライド式のドアの取っ手に手をかけ下げると

ドアを開いて出ていった。

ドアはトモエが出ると自然に締まりオートロックされた。

後部貨物室と呼ばれるその部屋はがらんどうで何もなく、トモエはやすやすと後部の扉の

前に行き右上にある手動のロック解除の取っ手を回し扉を開けた。

空虚(くうきょ)にさえ思える何もない貨物室に

上空の外気が勢いよく流れ込み命道トモエの

長い美しい髪と大きく形の良い乳房(ちぶさ)を

揺らした。

風で揺らぐ髪を押さえながら命道トモエは

「行きます。」と言葉を発すると

操縦席の執事から「御武運を。後ほどご連絡します。」とヘリコプター内のスピーカーより声が聞こえ、扉から出て落下するかたちでヘリコプターの外へ飛び出た。

不思議なことに彼女はパラシュートなど一切

持っておらず頭が下向きに落下していった。

高度3000メートル以上の自由落下を楽しむように手を広げながら数秒間それを楽しんだかと思うと今度は足先を下にして右手で胸元から折り紙でできた小さな折り鶴を出すとその折り鶴を左手の平に乗せ、右手で胸もとを抑えながら念を込めるような仕草をした。

念を込められたように見えた折り鶴は若干しわのある折りたたまれた状態から今にも飛び立ちそうな姿へ、「ふ〜」と息を吹きかけると左手の平からこぼれ落ちた折り鶴はみるみるうちに命道トモエの数倍はある大きさへと変貌をとげた。

自らの数倍の大きさはある折り鶴の背に女性らしい仕草で横向きに両足を揃えて乗ると

命道トモエを背に乗せた折り鶴は宙を滑空するように飛行した。

更に念を込め命道トモエは結界を展開するや否や折り鶴は凄まじいスピードで飛翔し始めた。

「お嬢様、また術の腕を上げられたようですな。」とその状況を自家用ヘリの操縦席から眺めていた老執事は嬉しそうに微笑した。

当の本人である命道トモエは何かを探すというよりは感覚を研ぎ澄ます為、両目を閉じて

周囲の気配を探っていると鋭敏となった感覚に強烈な波動が感じ取られた。

「これがそうなの。」と短い言葉を発した

命道トモエは湖面に水滴が落ち水面に沿って広がるように波紋状の滑らかな探索の結界を

はった。

その円形にはられた結界の前方右斜め前より強力な波動が感じ取られトモエは

「間違いない。これですね。」と

自分の背に朱色と白のおしゃれな組み紐で固定した刀身袋を右手でギュと掴むと

意を決したように強力な波動の発生する地点へ折り鶴の向きを変えた。

折り鶴は猛スピードで飛行しているものの

その飛翔はあくまで滑らかであり、

さながら空中を舞うグライダーのように接近していく。

肉眼で捉えた草原や岩肌が点在する位置には2人の人間がいた。

1人はブロンドの髪が印象的な魔女のトレードマークともいえるとんがり帽を被った黒の衣装からもわかるグラマラスな身体をした美人。

もう1人は黒髪で女性から見ると目立った外見ではないものの金髪の女性よりも目を奪われる若い普段着を着た青年だった。

2人の姿を視認した命道トモエはすぐ側の草原の平らな場所に折り鶴を降下させた。

無事着地させると折り鶴は元の大きさとなり

彼女の手の平に戻りそれを懐に入れると

急ぎ2人に詰め寄った。

2人に詰め寄った命道トモエは一瞥(いちべつ)すると自然と男性の方に目を奪われた。

「凄い存在感となんてオーラの量。」

常人でも選別可能なほどのオーラをGUZE(グゼ)は放っていた。

「この為なのね。ここには熊や野犬など人間を襲う可能性がある動物がいるはずなのに

近づく気配すらない。」

命道トモエはそんな畏怖さえ感じさせる

GUZE(グゼ)の正面に正座で座り肉体に左手で触れると右手で背の刀身袋を掴み組紐の固定を緩め取り外し体の正面に横向きに右手で

刀身部分を左手に乗せ右手で剣の柄(つか)の部分を掴むと言葉を発した。

「神より使わされた聖なる剣(つるぎ)よ。

かの者の行き先を示せ。」と刀身はゆっくりと回転し始めた。

「これは既にこの世のどこにもいないとの暗示。やはりもう冥府(めいふ)に旅立っているのですね。」

「それではこれより私も魂の肉体よりの分離を行います。聖なる剣(つるぎ)よ力を貸してください。」と言うと剣は回転をやめもとの状態に戻った。

「聖なる剣(つるぎ)よ。我が主人の元に我が魂を導きたまえ。」と命道トモエが唱えると肉体は輝きだし魂と分離した。

肉体より分離した命道トモエの魂いわゆる霊体となった状態で彼女は肉体の両腕の上にある刀身袋に触れた。

不思議なことに刀身は袋ごと浮き上がり命道トモエの手に収まった。

通常この世の物質は霊体では触れる事ができない。

奇異な現象である。

刀身袋に触れた瞬間、命道トモエは尋常ならざる速度でその場を離れた。

死者の霊魂を導く為か、いつの間にか存在していた黒い大きな穴の中に吸い込まれるように姿を消した彼女は剣が指し示す方向へと

飛翔し続けた。

命道トモエの飛翔し続ける空間は黄泉平坂(よもつひらさか)と呼ばれるこの世とあの世を

つなぐ途上の場所あるいは死者が住む場所そのものに通ずるものである。

不思議な空間だった。

薄暗く本来であれば不気味さを感じずにはいられないが何故か懐かしさと温かみに満ち

さながら母親のお腹の中にいる安心感があった。

かくも死者の霊魂を導く時はこのようなものなのかと異質な体験を初めて知る命道トモエだった。

空間には幾重もの人間の歴史のようなものが浮かんでは消えていく。

だが彼女にはそれらを見る余裕はあまりなかった。

超スピードで駆け抜ける為、空間に浮かぶ情景が目まぐるしく変わること。

何より今は目的の地で待つ人のもとへ馳せ参じる事しかなかったからだ。

前方に微かに光りが見えはじめた。

光のすぐ側に来た命道トモエは穴を抜けると

一瞬で景色が変わり明るい光のもとに出たもののそこは穴の道筋と同じ感覚の空間だった。

地上でもないのに光りさす奇妙だが

何より懐かしい感覚にとらわれる空間だ。

命道トモエは周りを見渡した。

空間の足元には地上のような地面が広がり

やや前方の左から右にかけて広大に

彼岸花(ヒガンバナ)が広がっている。

その美しさに一瞬目を奪われかけた彼女は

異様な鬼気迫る雰囲気に意識を引き戻された。

何かよういならざる事態が起きている。

そう直感した命道トモエは更に遠くを見渡した。

やや遠く斜め右前方で人間の数倍はあるであろう翼をはばたかせ人間とよく似た生き物が

2人の人間に襲いかかっていた。

奇妙な生き物が襲いかかっている人間に自然と目が移った命道トモエは確信した。

「あの方ですわ。今参ります。」

そう短く言葉を発した彼女は天女が羽衣で

空(そら)でも飛ぶように優雅だが極めて早く

移動した。

表情の識別ができる近くの距離まで来た

トモエは事態の深刻さを認識した。

GUZE(グゼ)のあまり余裕の感じられない

表情から思わずトモエは

「GUZE(グゼ)様、諦めてはなりません。」

と言葉を掛けずにはいられなかった。

彼女は空間の上方より地に降りると発した言葉とは相反す足取りでGUZE(グゼ)のもとに

ゆっくり歩み寄った。

これが命道トモエがGUZE(グゼ)のもとに駆けつけるまでの経緯である。


現世にもどりし3つの魂がそれぞれの肉体に返っていく。

ただ1人を除いて。

無論それは黒き魔女カトリーヌだが

GUZE(グゼ)と命道トモエは無事肉体に帰還し

黄金の輝きと共に身体機能を復活させた。

GUZE(グゼ)は現世で合流していた命道トモエの前で黒き魔女カトリーヌ・フォン・ブレルの蘇生に着手した。

GUZE(グゼ)の額(ひたい)のサードアイが輝きだしやがて輝きはクラウンチャクラへと移動、頭上より再び黄金の柱が出現すると天空へ無限に伸びるかと思えるほどの黄金の柱が数秒後消滅。

黄金の輝きは頭から肩、肩から腕へ最後は手の平へと移動した。

「冥府(めいふ)に向かいし魂(たましい)よ。我が呼びかけに応じよ。霊魂回帰(れいこんかいき)。」

GUZE(グゼ)が力強く言葉を発すると黄金の光は両手の平から黒き魔女カトリーヌ・フォン・ブレルの胸の中心にあるハートチャクラに注がれ、かたちの良い大きな両胸が

歪(いびつ)なかたになるほど手の平を押し付け、黄金の光りが手のひらから消えるまで続けられた。

時間は僅か数十秒の出来事ではあったが、

いつしか黒き魔女の胸の鼓動と息吹が感じ取れる状態になると手のひらの黄金の光は失われ代わりに肉体が黄金色(こがねいろ)に

一瞬輝いた。

僅か数秒間、肉体の輝きが次第に消失し小さな吐息を「ふ〜」と黒き魔女が漏らし始めると現世の情景を確認するかのようにゆっくりと目は開かれ瞳は力強さを取り戻していく。


第16話完 続く

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